アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

マークアップリンク
トップ
私の建築手法
内藤 廣 - 3.11以降の建築
陸前高田で見た復興計画の現実
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986

2014 東西アスファルト事業協同組合講演会

3.11以降の建築

内藤 廣NAITO HIROSHI


«前のページへ最初のページへ次のページへ»
陸前高田で見た復興計画の現実

私の研究室にいたある学生は、志願をして陸前高田市の職員になり、復興にあたっています。ある時、彼から送られてきた造成が進む陸前高田市の写真に、私は愕然としました。私も実際に見に行きましたが、なんて絶望的な風景なのだろうかと思いました。私たちがそこで見たのは、今泉地区のだいたい標高120メートルくらいの山をヘッドカットで80メートル切り飛ばして、その土を巨大なベルトコンベアで市街地まで運び、8メートルの盛土の市街地をつくる、という復興計画のあり様でした。

今泉地区から見た、岩手県陸前高田市の復興中の風景(2014年1月)。
今泉地区から見た、岩手県陸前高田市の復興中の風景(2014年1月)。
土を運ぶために建てられた仮設のベルトコンベア。
土を運ぶために建てられた仮設のベルトコンベア。

私たち建築家なら分かると思いますが、8メートルの盛土という敷地でいったい何が起こるのかと言うと、その上に建てる建物には杭が必要になり、それから、不等沈下もするだろうということです。社会資本の見えない無駄がつくられているのです。こんな復興計画は違うんじゃないか、馬鹿なことは止めろ、と何度も言ったのですが、止まりませんでした。それから、何より心が痛むのは、このふるさとの山がまったく姿を変えるということですね。山を切り飛ばしてできた土は、トラックで運ぶととんでもなくお金がかかるので、ベルトコンベアがつくられました。気仙川を渡すために、橋を架けなければいけないので、まるで本州四国連絡橋のようなものすごい櫓を組んで、それにベルトコンベアをかけて、市街地にこの土を移してくるのです。誰もが唖然とする風景です。最初に見た時は、読売ランドのジェットコースターがここに引っ越してきたんじゃないかって思ったくらいです(笑)。この橋はすべて仮設で、建設に100億くらいかかってるという話です。悲しいというか、こんなことしかできないのかという慚愧の念に堪えない、つらい風景ですね。この悲しい風景を、建築家として、人として、どう考えるのか。ここでは、建築家としても、人としても、どちらも否定されている気がします。


«前のページへ最初のページへ次のページへ»