アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

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香山 壽夫 - モダニズムの終焉—断片主義か全体主義か—
屋根について考え直す
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東西アスファルト事業協同組合講演会

モダニズムの終焉—断片主義か全体主義か—

香山 壽夫HISAO KAYAMA


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屋根について考え直す
東京大学工学部六号館屋上増築
東京大学工学部六号館屋上増築
キューガーデン温室 バートン
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新潟の雪囲いのある民家
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筑波科学博・東の回廊
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ビサンチン教会堂・ユーゴスラビア
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宮古島の住宅
宮古島の住宅
筑波科学博・西の回廊
筑波科学博・西の回廊

次は、私が九州芸術工科大学から東京に戻ってきてすぐにやった仕事ですが、一九七五年の「東京大学工学部六号館」の増築です。実はこれも私に屋根ということを考えさせる非常にいいチャンスをつくってくれた仕事です。

次の建物は故内田祥三先生設計になる古い建物に屋上を増築したものです。というのは、古い東大の中心部を歴史的保存地区に定め、その保存建物には一層分だけ増築を認めようという大学の方針に基づいて、そのプロトタイプとして設計したものです。

古い建物の上にはどういう形が造形的に合うか、いろんな形で実験をしました。擬ゴシックの建物ですが、その最上部には尖塔がついてデザインがそこで完結しています。その終わっているあらに上に、もうひとつ別な屋根階をのせることになるわけです。実は、ゴシックの建物でもパリのアパルトマンなどでもそうした例はよくあります。それで、形としてはそうした形態を採用し、技術的には全部工場でつくってきた鉄骨を現場で組み立て、それをガラスブロックと耐候性銅板で覆うという方法を採用しました。この建物の内部は主に実験室、研究室なので、その内部での実験、研究に支障がないように工事を行うために、最大限現場の作業を少なくする必要があったのです。

これが完成しますと、これをモデルにして東大は予算ができる度に勝手にいくつか同じようにつくり続けています。保存する古い建物の上部はもうほとんどがこういう形になっています。

実は、屋根は壁の上にのって屋根になる。これは当たり前なんですが、これも壁と同じでそう簡単じゃないんですね。ひとつの建物がひとつの屋根じゃなくていくつも屋根を持っているという例はたくさんあります。日本の土蔵なんかもそうで、置き屋根がいろんな形で見られます。土で塗り籠めたものの上にもう一度雨を防いだり熱を防ぐものをのせている。それがいろいろなものに取り替えられるという例はいくつもあります。

これは雪国の例で、新潟の雪囲いを持った民家です。新潟は特に季節風が強いところで、屋根の形がしばしば大きく張り出して鞘堂みたいに被さってきます。建物を屋根から壁まで、地面に接するぐらいまで覆います。なかには季節によって取り外しのできるようなものもあってたいへん面白いです。そういうものを見ますと、屋根と壁というものが、実はひとつだけの関係にあるのでなく、いろんな関係にあるということがわかります。

日本の伝統的な建物を見ますと、清水寺などはすばらしい軸組の上に屋根がほとんど浮いているような建物ですし、建築的にもひとつの原型となるものですが、これなどはむしろ屋根は建物の上に自立して浮いているともいえます。出雲大社などもそうです。したがっていろいろな屋根と建物の関係があるわけです。日本だけではなく、西洋の建物の場合もそうです。

これはロンドンのキューガーデンのグリーンハウスという温室です。いまでもありますが、最初のロンドンの撹乱階のときにクリスタルパレスを建てた技術者がそのすぐ後につくった建物です。私はこれは鉄とガラスの建物の最高傑作のひとつであると思います。なぜそれほどすばらしいかというと、技術のすばらしさもありますが、何よりもまずそのいかにも地面から膨らんできた家のような、バブルというか泡のような形がすばらしいんです。なぜ私がそれほどまでに感動するかというと、形がただ彫刻的に面白いというだけじゃないんですね。これは内部空間そのものが形になっているんです。

「内部空間というものは常に壁を押し拡げている」と心理学者のアルンハイムがいっていますが、その通りで、このグリーンハウスも常に拡がろうとしているんですね。

次はエコール・デ・ボザールというパリの美術学校の展示室です。これもアルンハイムのいう通りです。この建物も後で屋根をのせていますが、ちょうど内部空間が膨れてガラスの屋根を押し上げているようです。別に後楽園のドームのように空気の内圧がかかっているわけではありませんが、いかにも内部空間が膨れ上がっているという形の空間になっています。

内部空間が膨れるという建物でいちばん面白いのは、実はビザンチンの建築です。私たちが空間を考えるときにひとつの原形になるものです。厚いマッシブな壁が空間を内部から押し膨らませています。ちょうどパンが膨らんできて、あるとき固まったような形でできている建物がビザンチンです。屋根はそれが膨らんで押された結果、できたというような形で、内部のきらきら光るモザイクは膨れ上がってくる空間の輪郭といったような表現になっています。

こんなことを考えているときに、一九八五年のつくばの国際科学技術博覧会の建物を設計しました。「東の回廊・西の回廊」です。博覧会会場の東西の両端にあるショッピングモールですから、商店を全部内部に入れ、その上に屋根をふわっとのせたというものです。同じシステムで建てていますが、東の回廊はとんがり屋根で、西の回廊は半円形のヴォールト屋根です。西の回廊には彫刻家の望月菊磨氏による「風のかたち」という作品があります。私の建物を彫刻で解釈してもらってつくったものですが、これも空気を入れて膨らんでいるんですんね。子供たちは「じゃがいも」といって大喜びでした。東の回廊には同じく望月さんのステンレスの動く彫刻があります。

博覧会の建物はいうまでもなく仮設で、あるとき出現してそしてすぐに消えます。したがって普通の都市の建物のように、いろんなコンテキストがそこにはないんですね。そういう意味では面白くないんですが、別な面白さがあります。つまり、技術的なこととか、あるひとつの条件について徹底的なデザインができるわけですから、自分の修練としては大きな意味を持っています。

同じく、つくば博でもうひとつ建物を設計しました。「テクノコスモス」です。これは軽い鉄のフレームの上に三連の空気膜のヴォールト屋根をのせています。この技術的な特徴は二重の空気膜ということで、膜の内部に帯状のひもが入っており、空気が入るとそれが引っ張られてトラスを形成するという新しい構造様式を採用しています。ですから、これはアーチの格好をしていますがアーチではなくてブーメランのようにこれだけで固定していて、アーチのように両端に開く力はかかっていません。

この方式を考案したのはピエール・ジェトラというカナダの若い構造家です。私のところに最初小さな模型をもってきました。しかし、それを実際に建設できるところまで開発するには、日本の構造技術者、施工技術者のたいへんな努力がありました。

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