アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

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藤本 壮介 - Between Nature and Architecture
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2023 東西アスファルト事業協同組合講演会

Between Nature and Architecture

藤本 壮介SOUSUKE FUJIMOTO


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LʼArbre Blanc

最初にご紹介するのはフランス・モンペリエの集合住宅「LʼArbre Blanc(2019年)」です。モンペリエは地中海沿いの街なので常に温暖な恵まれた気候で、夏は暑すぎず大体晴れていて、冬もお昼ご飯はテラスで食べられます。モンペリエには石づくりの旧市街があり、1970〜80年代にリカルド・ボフィル(1939〜2022年)というポストモダンのスペイン人建築家が、そこから東に向かって当時の新市街を延ばしました。そのさらに外側に新しい開発エリアをつくろうということを今のモンペリエ市はずっとやっていて、既にジャン・ヌーヴェルが設計した市役所や、ザハ・ハディド(1950〜2016年)の「ピエールヴィーヴ(2012年)」と呼ばれる文書館など、数多くの建築プロジェクトがあります。その中でもこのエリアでいちばん背の高いモンペリエの顔になるような高層マンションをつくるコンペでした。フランスのコンペは、チーム編成の書類を送るとショートリストに選ばれて、それから本番の提案をするという進め方になります。チームは建築家だけでなくディベロッパーや出資者、建築エンジニア全員で組むので、デザインのコンペでもありながら同時にビジネスプランのコンペでもあり、トータルで競い合う仕組みでした。この時はMVRDVというオランダの有名な事務所とARCHITECTURE STUDIOというフランスの組織事務所、そして僕たち藤本事務所とパリの若い建築家たちのチームの三者がショートリストに選ばれました。

僕たちのチームで何がモンペリエを象徴するのかについて議論する中で出たのが、やはり温暖な気候とそれを楽しむライフスタイルでした。モンペリエの市民は内部空間にはあまりいません。17階建ての高層マンションにおいても、外に出て自然や気候を楽しむライフスタイルを実現できないだろうかと考え、最終的にはたくさんのバルコニーを出すというシンプルな提案に行き着きました。全体で200個ほどのバルコニーがあります。パーゴラという日除けがさらに100個ほど付いて、全部で300個ほどの張り出しが出ている全体像がつくられています。住戸数は113戸で、小さい住戸は1住戸にひとつバルコニーが付いています。大きな住戸の場合は、リビングルームに2つ、ベッドルームからそれぞれ1つ、合計で3〜4のバルコニーが出ています。バルコニーは大きいもので幅5メートル、奥行き7.5メートルほどあるので、それだけでリビングルームのような大きさです。バルコニーはキャンチレバーで、梁で支えるのと同時に手すりの高さに収まる細い斜め材のテンションロッドで支えているので、これだけの張り出したバルコニーを実現できています。住んでいる人びとはバルコニーに植物や家具、思い思いのオブジェを置くので、生活が外側に溢れ出してきます。美しい気候と太陽を楽しむ生活がショーケースのように現れてくるのがモンペリエらしさを象徴するということで選んでいただきました。

配置

「LʼArbre Blanc」配置

「LʼArbre Blanc」全景。レズ川越しに見る

全景
レズ川越しに見る

断面

断面

バルコニーに出るとかなり奥行きがあり、周囲のバルコニーも同じように張り出しています。それぞれがバルコニーにいろいろなものを置いていて、それが5メートルほど離れたところにあると、自分の家にいながらも隣近所と緩やかに繋がっている感じがします。日本のマンションはプライバシーに配慮して、自分の家からは他の家が視界に入らないようにつくります。分断が進む現代においては、隣近所とのコミュニティをどうすればつくり出せるかが課題になることもあります。ここではモンペリエという南フランスならではの土地柄もありますが、話しかけようと思えば話しかけられる距離に隣近所の人たちがいることで、住民のコミュニティが生まれる場所がつくられました。マンションが完成した2019年の翌年には新型コロナウイルス感染症が大流行し、フランスでもロックダウンが行われました。周りが見えない状況では世界には自分ひとりしかいないのではないかという不安感に襲われますが、この集合住宅の場合はバルコニーに出ると5メートル以上離れたソーシャルディスタンスの取れたところに隣人たちがいるので、話をしながら一緒に生活することができていたそうです。それを聞いた時にすごく面白いなと思いました。自分がつくっていたのは単にインパクトのある外観や面白い形など技術的に挑戦した建物だけではなく、緩やかに繋がりながらも同時に個を持つような新しいコミュニティのあり方だったのだと思いました。建物の外にもむき出しの生活が溢れているので、このマンションの周辺に住む人にとっても自分たちと一緒にモンペリエに住んでいるというコミュニティの感覚がつくられています。

南西近景。113 住戸が入る。各バルコニーには、風除けのために開口部近くにガラス壁や植栽を設けている

南西近景
113 住戸が入る
各バルコニーには、風除けのために開口部近くにガラス壁や植栽を設けている

メゾネット形式の住戸は、上下階のバルコニーも階段で繋がる

メゾネット形式の住戸は、上下階のバルコニーも階段で繋がる

部分平面

部分平面

バルコニー構成

バルコニー構成

この集合住宅のもうひとつの特徴は最上階の計画にあります。一般的な高層マンションの場合、最上階に超高級なペントハウスをつくり、ひとりかふたりかのお金持ちがそれを買います。しかし、一緒に設計していたパリの若い建築家が「西側には旧市街がよく見える場所にこの地域でいちばん背の高い建物をつくるのにもかかわらず、少数のお金持ちがそれを占拠するのはよくない、誰でもアクセスできるパブリックな場所にするべきだ」と言い、「あそこにルーフトップバーをつくろう」と話し始めました。ルーフトップバーをつくるにあたっては、専用の非常階段とエレベーターの設置が必要でそれに伴って床面積も減ってしまうという課題が生まれましたが、最終的にはディベロッパーに納得してもらい実現に至りました。コンペで勝てた理由のひとつはここにあると思います。高級マンションでありながら、最上階は住んでる人も地元の人も観光客も誰もが自由に上がれるバーにする。こうした社会的な意識が建築と共にあることが僕にとっては学びでした。この地域のいちばん高い建物は単に高いからランドマークになるのではなく、そこからの視点を一般の人に開くか、ひとりふたりの裕福な人だけが独占するのかで、まったく意味が変わってきます。夕方は美しい夕日の中にモンペリエの旧市街が浮かび上がるような景色が見えるので、非常に人気のあるバーになっています。

この地域のランドマークをつくるという計画を通して、地域の人びとのコミュニティをつくる、特別な場所を用意する、それらが形をもって視覚的に目の前に現れてくる。そのような意味合いを関係者全員でつくり上げていったプロジェクトでした。

設計当初に行われたスタディ模型。右2点のような矩形のボリュームに各住戸がバルコニーを持つ計画からスタートした

設計当初に行われたスタディ模型
下2点のような矩形のボリュームに各住戸がバルコニーを持つ計画からスタートした


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