アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

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東西アスファルト事業協同組合講演会

私の建築辞書

石井 和紘KAZUHIRO ISHII


石井 和紘-私の建築辞書

長い間、日本の近代建築はヨーロッパやアメリカの影響を受けてきた。そんな中、アジアの一員として共に考えていく必要性を説き、また日本の近代数寄屋が変革したルーツを考える。


部分というと、かなり抽象的というか、あるいはすごく技術的な感じがします。また部分と全体というと哲学のほうでいわれるむずかしい面も出てきます。ただ、単純化していうと人間がものを考えるプロセスでとても重要なことは言葉だと思います。たとえば日本語で窓、あるいは英語でウインドーといった場合、それに付帯している非常に多くの意味を、それもあっさりと単純化して指すことになる。それが建築の部分として確定します。こうした言葉によらない方法で、たとえば技術などの別のカテゴリーで建築を切っていく場合には、窓という言葉が部分にならない場合も出てくる。ただ、その言葉の中で生活と表裏一体になって長い間使われ、残ってきた言葉が現在も使われているわけです。たとえば技術的に開口部といってしまうと、窓も含むしドアも含むのですが、窓という言葉があり、ドアがあり、玄関という言葉があるときに、それぞれ指しているものは総合としての開口部とは異なる。そうしたものが集まってひとつの建築ができているわけです。そうしたひとつひとつの部分に、非常に多くの歴史的な意味合いがあって、それが集積して建築になっている。そうすると一体、部分と部分はどういう関係になっているのか。きしみ合ったり妥協し合ったりしていっているのでしょう。その中で、ある部分にかなりの荷重、あるいは自分の思い入れをかけてやっていくことによって、そういう部分を自分なりに学習していけるんではないだろうかと考えたんですね。

Profile
略歴
1944
東京都生まれ
1967
東京大学工学部建築学科卒業
1975
同大学院博士課程修了
1972-75
イェール大学建築学部修士課程修了
チャールズ・ムーア ジェームス・スターリングに師事
1976
石井和紘建築研究室設立
1978
石井和紘建築研究所設立
早稲田大学国際学部講師
カリフォルニア大学ロサンゼルス校講師
1981
日本大学理工学部講師
1982
イェール大学建築学科講師
1986
大阪大学工学部建築学科講師
受賞
1987
甍賞(ジャイロ・ルーフ)
主な作品

「直島の一連建築(小学校、幼児学園、中学校、体育館武道館、町役場)」 「54の窓」 「54の屋根」 「岡山の農家」 「自邸」 「JAZZYなバロック」 「清水の舞台による数寄屋」 「バイコースタルハウス」 「田辺エージェンシー本社ビル」 「反ブルネレスキハウス」 「スピニングハウス」

著書

『イェール建築通勤留学』(鹿島出版会) 『日本建築の再生』(鹿島出版会) 『数寄屋の思考』(鹿島出版会) 『私の建築辞書』(鹿島出版会)

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