アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
これはわれわれの設計した「屋根の家」です。ことのはじまりというのは、「手塚さん、きてください」と呼ばれまして、その頃仕事がなかったのでいそいそとかけつけまして、話を聞きました。
だいたい建物をつくるという時は、「この人って何だろうな」と、心理学者みたいな感じで、相手の中から深層心理を引き出すようなことを一生懸命するんです。要は趣味とか好きなことだけ引っ張り出そうとするんです。調子に乗せてあげると、みんなその気になっちゃうんですね。
この家の方にも「面白いことは何ですか、何をして過ごすのが好きですか」と聞いたら、「この屋根の上でご飯を食べるのが好きです」との答えが返ってきました。「この窓から出て、晩ご飯や昼ご飯をを食べるのが好きです」と。実際に屋根に登っている写真を見せられたのですが、瓦が落ちかけたりしていてかなり危ない。「娘さんたちは大丈夫ですか?」「夫婦も一緒に四人で上がってまずから大丈夫です」と。何が大丈夫かよくわからないですが。そのうち奥さんがいいはじめたのは、「屋根もいいけど、火の見櫓もほしい」ということです。それで、この人はまじめに考えているなと思って、まずはスケッチを描きました。こういうものをつくる時、われわれはけっこうまじめにそれぞれの建築のエレメントを分析します。気軽につくっているつもりで、結構理屈っぽい建築家のつもりです。
屋根というのは基本的に屋上とは違います。これは大切なことなんです。屋根って何だろう。われわれは建築の基本的なところを変えようとします。これはどういうことかというと、建築はファッションとして捉えるといくらでも面白いものができます。ただ、それだけでは今日考えたことは明日になると古くなってしまう。面白い構図を考えても、面白い屋根の形を考えても、面白い窓の形を考えても、翌日になるとすぐにみんな真似をしてできている。建築家というものはそれを超えたところを考えなくてはいけない。われわれが思っているのは、屋根の上・屋根の基本的なエレメントの使い方を考え直す、つまり建築の根本のところを変えていく、そういうことを考えていきたいと思っていました。
若いカップルがデートする時にマクドナルドに行くと失敗する、とよくいいます。小さなテーブルを挟んで向かい合わせに座っていると、だいたい30分くらいで話すことがなくなってしまう。そうするといわなくてもよいことをいい出して、そのうち嫌われちゃったりするんですよ。ところが、多摩川の川原にいってみると、たいてい土手にカップルが座っているんですね。平らなところに座っていない。なぜ土手にカップルが座っているかを見てみると、これがなかなかデートが上手くいくのですよ。何がよいかというと、ふたりで隣同士で座っていると、どうしても同じほうを向いて座らなくてはいけない。そうすると意外と親近感を覚えて、目が合っていないから沈黙がロマンチックに変わってくる。しかも隣同士で座っているから同じ方向を見ている。「魚がはねたね。素敵だね」。こんな恥ずかしい言葉もふたりの会話を助けたりする。それから、傾いているところはすごく座りやすいんですよ。そういうのが相まってカップルがいたくなる状況ができ上がる。この屋根ってそういう状況があると思います。
考えてみると、平らな広場は人が集まらない。世界でも傾いている広場は必ずといってよいほど人が集まっている。ポンピドーセンター前の広場、メルボルンのシティスクエア、シエラのカンポ広場もそうでした。人間は平らなところは実はあまりいつかないんですね。ミケランジェロが設計したイタリアの平らな広場は人がいないですね。それからトラファルガー広場も人がいない。平らなところには人が集まらない。だから屋上には人が集まらない。しかし屋根なら傾いているから人が集まるだろうと。そんな単純な話なんです。
話を戻します。見ての通り天窓があります。そこから上がっていく。最初「天窓をあけてここから上がるんですよ」といったら、妹さんが「これ私の天窓」といい出して、それからお姉さんが「この天窓は私の」と。それからお父さんが「寝室の天窓は俺の天窓だ」といいまして、最後にお母さんが「料理をするからキッチンの天窓は私の」といい出しました。だんだん天窓が増えていきました。それから屋根に上がっておきながら、「ちょっとプライバシーもほしいわ」と奥さんとの会話がありまして、壁を立てることになりました。壁でプライバシーが守れるかどうかよくわからないですけれども。
それからご飯を食べるからということでテーブルと椅子があって、ご飯をつくるからキッチンも欲しいとだんだん盛り沢山になってきたのですね。冬は寒いからストーブもほしいなと。結局はストーブだけは予算などの都合でつかなかったですけれど、夏は暑いからシャワーを、などといろいろなものがつきました。
薄い屋根については、池田昌弘というコラボレートしている建築家が考えてくれました。グリッド上の木のストラクチャーがあって上下から挟んで無方向性のスラブをつくっています。要は薄っぺらい大きなドアスラブみたいな構造をつくろうというものです。この構造をやっている頃、池田さんは「せんだいメディアテーク」のプロジェクトをまだやっていたので「よし、同じことをやろう」といって、値段は1,000倍以上違うのですけれども、面白いだろうなということでやりました。
軒先はものすごく低くなっています。何でこんなに低いのかといいますと、屋根の上でバーベキューがしたいという話がはじまりなんです。バーベキューを屋根の木デッキの上でやられると家が燃えちゃうんですね。「それは困るから庭でやってください」といったら「焼き上がったバーベキューを屋根の上の人に渡せるように屋根の先端を低くしてください」ということで、渡せる高さにしました。だから鴨居までの高さは1.9メートルしかありません。
われわれは建物をつくる時のスケッチに人をいっぱい描きます。人を描いてその中で何をしているのかをできるだけ想像するようにします。「屋根の家」は一番最初のスケッチからほとんどプランが変わっていません。ただ建具は3枚引きだったのが、最終的に9枚引きとなりましたが、すべてしまえるようになって一体となる空間になっています。
スケッチでは、屋根の上のいろいろな出来事を描いています。梯子で上がれたり、シャワーを浴びたりご飯を食べられるところがあって、サッカーしているお姉さんがいます。このお姉さん、当時小学校4年生でしたが、今では高校生で、もう大学受験の話をしています。すごくサッカーが強くて中学生の頃は男の子に混じってフォワードでキャプテンでした。「屋根の上で蹴ると結構いいんだ」といっていて、何がいいかというと屋根は傾いていますからボールを蹴ってもまた戻ってくるからなんだそうです。
『新建築住宅特集』でこの作品を発表したところ、いきなり抗議の電話や手紙が殺到しました。手摺りがない、建築基準法に触れている作品を表紙にするなんて何事ぞと怒られました。どういう動きでこういうことになったかというと、最初われわれは手摺りを描いていたのですが、クライアントがそれを見つけて「屋根の上に手摺りなんてつけないですよね。前の家には手摺りがなかったんです」といわれ、それで周りを見てみるとこっちの家にも手摺りがないしあっちにも手摺りがない。どうしてこの家には手摺りをつけなくてはいけないのか。確認申請に手摺りのない図面を出したら通ったんですね。屋根の上には手摺りがなくてもよいということがわかりました。
建築基準法って何だろうと、その後何人かの建築家と話をしていた時のことです。建築基準法とは、結局ふたつに集約されました。ひとつは住む人の権利を守ること。もうひとつは都市に対してちゃんと回答してあげること。こういう建物ができると周りの人たちがすごく喜ぶ。ここに住んでいる人たちが喜んでいるのはもちろんです。たとえばこの家の後ろの人は二階建てが平屋になって家の前にデッキができたと喜んでいるんですね。「屋根の家」のご主人はビールが好きな方で、隣から「ビールいかがですか」と声をかけられ、「あー、いいですね。ありがとうございます」というと隣からおじさんも屋根の上に渡ってきて一緒にビールを飲む。これができることになって周りの人はとても喜んでいるんですす。そういう意味で都市に対する回答はできているんじゃないか。とても優しい建築なのです。