アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
これは最近できた「ふじようちえん」です。
佐藤可士和さんというアートディレクターが私のところへ電話をしてきて、「幼稚園を建て替えたいっていう人がいるんだけど、手塚さんきてくれないか」と誘われたんです。佐藤さんとは昔、番組で会ったことがきっかけで、それ以来の知り合いだったんです。行ってみたらすごく大きな幼稚園なんですよ。今どき600人近く園児のいる幼稚園ってないと思うんです。日本で3番目の規模だそうです。単体の建物としては最大だと思います。その幼稚園の雰囲気がなかなかよくて、「千と千尋の神隠し」に出てきそうなボロボロの木造の園舎だけどバカでかいんです。全部外廊下で懐かしい雰囲気がありました。園長先生に「これいいから、壊すのやめましょう」といいましたら、「実は雨漏りがいっぱいしていまして」と。「ここの園児は雨漏りの水を受けるのがものすごく上手いんですよ」なんていうんですよ。とはいえ、このままでは忍びないので、「じゃあ、やりましょうか」と動くことになりました。
私たちと佐藤さんで「とにかく今の幼稚園がよいから、このよさをなくさないようにしよう」という話をしました。この幼稚園のよいところは全部外廊下で園長先生がその廊下をずっと一日中歩き回っている。園長先生というのは、普通、園長室から出てこないものですが、ここは違って園長先生がどれも自分のクラスだと思って動いているんですね。その雰囲気がよく、それを大事にしようよと思ってつくったのがこの建物です。
木も伐らずに残しました。残した3本の木はバカでかいです。一番大きなものは幹周り2.7メートルくらい、高さは25〜30メートルのケヤキの木です。それを残したまま建物をつくろうということになり、円形のプランにしました。正確な楕円ではありません。私が描いた線のまま、歪んだままにできています。「屋根の家」と同じように、屋根の上が傾いています。そこに木がブスブスと生えている。木の枝を避けて建物をつくることは簡単なことですが、木を残しながら建物をつくるのはけっこう難しいんです。木の根というのは木の枝の広がり以上に広がっているものです。その根っこを切ってはいけないということで、一階の床スラブはものすごいロングスパンで跳ばしています。構造の池田さん曰く、屋根よりも床のほうがよっぽど大変だったということでした。木の根が中側と外側に伸びているのがわかったので根を避けて基礎をつくり、それをつないでいく。梁の形をジグザグにしたのは池田さんです。バラバラになってるほうが中心線がなくてよい、この建物は楕円じゃないということを彼は汲んでくれたのですね。
今どきの子供ってなかなか運動しないんですが、いざ建物ができてみたら、子供たちがずっと屋根の上を走っているんです。よく走る子は朝30周くらいするらしいですが、別にマラソン教室をやっているわけではないんです。少なくともこの幼稚園にきた子は、朝から帰るまで10周くらい走っているらしいんです。一周きれいに走ったとしても200メートル弱あるので、30周すると、なんと6キロ近く子供は走っている。五歳児が6キロ近く走るということはものすごいことです。これは、将来オリンピック選手が出るぞと園長先生は喜んでいます。
ここでは、遊具をつくるのをやめようと考えました。遊具というのは子供に「こういう風に遊びなさい」って与える道具です。すると子供はそれ以上のことを考えなくなる。子供は本来遊びを見つけるところに成長の根本があると思います。みなさんご存知の「となりのトトロ」に出てくる「サツキとメイの家」にも遊具はひとつも出てこないですね。宮崎駿さんの映画には遊具なんて出てきません。「サツキとメイの家」で、何であんなに子供が遊べるかというと、大人のためにつくった当たり前の隠し階段とか暗い部屋とか、そういうところに子供たちの新しい発見があるんですね。
われわれはこの建物をつくる時に「カサ・ミラ」を見直しにいきました。ガウディの「カサ・ミラ」の屋根の上はでこぼこしていますが、いつも人でいっぱいで、子供も大人もぎゃあぎゃあいいながら走り回っているんです。だけどそこにも遊具なんでありません。すべり台なんてなくても関係ない。なるほど、こういうことかな。大人も子供も同じ目線で遊べる。遊具を使うと子供が遊んでいる間、親は見ているしかないんですよ。逆に親の遊びにしちゃうと子供はどうやって参加してよいかわからない。子供も大人も同じ目線で遊ばせる、そういう力がある建築をつくりたかったんです。
この建物は600人の園児のための「屋根の家」です。ただし、先にお話した「屋根の家」とは違って手摺りがついています。最初、園長先生は「手塚さん、『屋根の家』も手摺りがなかったから、この幼稚園も手摺りをやめましょう」とおっしゃいました。「子供が落ちますよ」「軒先から網を出して落ちてくる子供を受け止めるっていうのはどうですか」「それは無理だと思いますよ」という会話をし、木の周りだけそのアイデアを残しました。建築基準法のためにどうしてもこの「手摺りもどき」が残ったんですけれど、子供にとってこの手摺りは全然関係ないのですね。木の周りに網をかけて落っこちないようにしたら、子供はわざわざ落っこちに行ってしまう。何人か落ちると、わあっとまた集まって増えていっちゃいます。一本の木に40人くらいはいる。ケヤキというのは下からだと登りにくいのですが、途中からだと登りやすい木だということがわかりました。一生懸命登っています。コアラみたいですね。
手摺りがあるとはいえ、やっぱり軒先には座りたいということで、手摺り子の間隔を、ぎりぎり11センチまで広げて、足を通して座れるようになっています。11センチなら、普通の人は足が通って座ることができます。下から見ると動物園みたいに見えます。下から飛び上がると子供たちは喜んで足を振り上げたりします。上と下の関係が面白いのですね。
ここの軒先は基準法ぎりぎりで2.1メートルしかありません。子供のスケールに合わせたかったので、すごく軒先を低くしています。われわれとしてはもっと下げたかった。子供は小さな大人ですといいますが、違う生き物なんですね。軒先が低いと反対側を見た時に軒先だけが見えて天井面や屋根の上の面が一本の線になって見えるんですね。天井が高いと子供は屋根の向こうに消えちゃいます。そういうことで見通しのよい空間ができました。われわれは、ここに「見通しのよい村」をつくりたかったんです。
他にも工夫しました。避難のことを考えてすべり台をつけました。もちろんわれわれは最初からそうしたいと思っていました。この階段も途中まで山を登ってそこから上がるようになっています。この山はもともと結構大きかったんです。子供ってそれをどんどん削って泥のお団子にしてもって帰っちゃうんですね。毎月30センチくらい凹んでいって形が変わっています。園長先生に「これ、危ないですよね。痛い思いをしている子がたくさんいるんじゃないですか」と尋ねると、園長先生はそういう子供をつかまえて「いや、よかったね。怪我して」というんだそうです。今どき珍しい先生だと思うんですが、そういうことで子供は学ぶ。どんどん崖になることを欲しているんです。なかなか、すごい先生ですね。
この園長先生のポリシーで、「懐かしい未来」をつくろうという話があります。今、技術が進んでたくさんのものを失ってしまった。もう一度、取り戻す機会があるはずだ。技術は進んでいるのだから、人は技術に合わせる必要はない。そういう考えなんですね。むしろ当たり前の感覚こそ、今一番取り戻さなくてはならない最優先のこと。技術を無視するわけではありません。雨水は軒先のガーゴイルというクチバシみたいになったところから、ダーッと落ちるようになっています。今の子供たちは雨が集まって樋から出てくるとか、雨と水の関係さえも知らないと思うんです。みんなバーチャルリアリティの世界に住んでいるんです。雨が降つできたらお母さんから危ない、駄目よ、濡れちゃうから家にいなさいといわれる。川の近くにさえ、危ないからといって行かせてもらえない。だからそういうことも子供たちに体験させようということで、こういう装置をつくりました。