アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
ベネチアの話は、実はこの栃木県の那須町というところにある「石の美術館」の伏線になっています。ベネチアは仮設建築で、半年でなくなってしまいますけれども、ベネチアでやったことをパーマネントの建築の中でやってみたのが、この建築と思っていただくといいと思います。ここには古い石倉が三棟残っていました。それを使って、石の美術館をやりたいというのが依頼で、三棟の石倉の中を改装して美術館にして欲しいということでした。しかしこの敷地に行ったときに、僕はこの石倉そのものよりも間の空間のほうが面白いと思いました。そこで考えたのが三棟の間を水と経路を使った美術館にしようというアイディアなんです。
ここの経路は、実は意地悪にクネクネとうねっていて、わざとたくさん歩かせるようになっています。水の上をたくさん歩きながら、既存の石倉と、それから新しくつくった空間(建築というより塀みたいなものなんですけれども)の中の経路を使って行ったり来たりするような美術館にしようと考えたのです。そして新しくつくる塀のような建築も、普通のやり方とはまったく違ったつくり方をしようと思いました。
こういう古いものの増築は、建築家がやるとガラスと鉄を使って、いかにも増築しましたというようなものにしがちですけれども、ここでは思い切って同じ材科を使ってやってみました。この石は芦野石という地元の石です。芦野石を使って、なおかつもう少し軽やかで曖味な空間をつくりたいと思った。そこで一方の壁では石を50ミリ×120ミリという寸法に薄く切って、石のルーバーをつくっています。石のルーバーですから光や風が透けてきます。もう一方の壁では、石を使って穴がたくさん空いた組積造をやろうと考えました。組積造というと、重たくて厚苦しいものになってしまいます。組積造=(僕のことばでいうと)オプジェクトをつくるみたいになってしまうのですけれども、そうではなくて、組積造を使って曖味で軽やかな空間ができないかという挑戦をしてみました。
一部の壁の穴には光が透ける薄い大理石(ビアンコカラーラ)をはめ込んであります。特に夕方のある時間になると、室内がその石を透かした光で満たされるような状態になる。そんな状態をつくってみたわけです。
石のルーバーと(左)と既存の石倉。 石のルーバーは、その取付け方がすごく難しい。鉄骨に石を抱かせた柱をつくって、そこに切り込みを入れ、その切り込みにこの石のルーバーをはめ込むという、気の遠くなるくらい面倒くさいことをしてできています。
いちばん小さい石倉の中は茶室になっています。中に立っているのは石の柱です。石を50ミリの厚さで切ったものを柱にして、それを焼いでみたんです。この石は高温で焼くと色が変わって表面のテクスチャーも焼物みたいになります。そういう石の柱を既存の壁の内側にもうひとつのレイヤーとして揮入して、一種の社のリズムみたいなものを茶室の中に導入してみたわけです。
実は今の建物ができる前に一本のビデオをつくりました。どういう意図でつくったかというと、この石の空間をシークエンスととらえてみたい。しかも、それを音楽的なシークエンスにとらえられないかということをやってみたんです。現代音楽の作曲家、榊原健一さん(彼は数学のドクターを取っているたいへん理知的な作曲家です)に、この石を全部音符に見立てて音をつけて欲しいと依頼しました。建築を音楽に見立てるということは、実はル・コルビュジエがすでにやっているんです。いちばん有名なのはラトゥーレットの修道院でクセナキスという作曲家(そのときは作曲家でありながら建築をやっていたわけなんですけれども)といっしょに、中のルーバーの割付けを一種の音楽としてやっているんです。建築をかたちとしてではなく音としてとらえるということを、かたちの極地と思われているル・コルビュジエがやっているというところがたいへん面白いと思います。