アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
私は坂倉さんのところに入って6年ほど経ってから、はじめてキャプテンとして岐阜県の羽島市庁舎を担当しました。それをやっている頃、雑誌では盛んに伝統建築論が展開されていたのですが、坂倉さんは、建築について言葉で構築するようなことはありませんでした。しかし、私は設計をやっていくからには、何か考え方の筋というものをきちんと持っていかなければいけないと思っていました。そこで坂倉さんに日本の建築の伝統ということについて、どう考えていけばいいのかということを聞いたことがあります。坂倉さんは、自分がせっけいしたパリ万博の日本館とか鎌倉の近代美術館の例を引きまして、「伝統というのは言葉で議論して積めていくものではない、自分の身体の中に流れている血が建築に反映していく、設計の中に自然に滲み出てくるものだ」というようないい方をされました。鎌倉の美術館の石の使い方にしても、パリの日本館の斜めの格子などにしても、日本の伝統的な様式を取り入れようという意識でやったのではない、ということを強調しておられました。そして、建築を考えるのに理論から入ると、頭で構築したものに縛られて、逆に新しいものがつくりにくい窮屈な状態に陥るというようなことをたしなめられたわけです。
その後、坂倉さんが亡くなられてから、西澤さんと一緒に仕事をする機会が訪れました。西澤さんは坂倉さんがおられた頃から実測に打ち込んでおられました。たとえば、一緒に現場に行ったときなどに、西澤さんはその場で自分の考えを指示されるんです。そうした面に私は非常に教えられるものがありました。西澤さんの実測というのは、知識を身体化するというか、身につける手段としてあったんではないかと思います。
実測というのは、同じ建物を何度も見に行くわけですから、寸法を採ったり、それを図面に描いたりすることによって、いままで見えていなかったものが見えてくる。あるいは、それを図面に描くことによって知識として会得するだけでなく、それを西澤さんの身体の中に取り入れる。それを自分のものにした上で、いろいろ発想になったり、感性になったり、形になったりするのではないでしょうか。
神奈川県立近代美術館 そうした経験が、現場での即興性ともいえる、最終的に形を決める段階でのいろいろな指示となって表れていたのではないかと思います。私はそのときにではなく、後になってから、そういうものではなかったかと受けとめております。
これは、私たち坂倉建築研究所の仕事のやり方ともなっているものです。私たちの仕事は非常にバラエティに富んでいます。小さい住宅から超高層ビルにいたるまで、いろいろな種類の建築があります。かつて私たちが教育を受けてきた近代建築というのは、最初にテーゼがあって、そのプロトタイプを実現していくもののように教育されてきいました。しかし、坂倉さんや西澤さんのやり方はそうではなくて、ひとつひとつの場所にひとつひとつの建築をつくる過程から、自分が何を見出していくかということを通して、結局、建築をつくる人間の思考や感性を鍛えていくんだ、ということを実践してこられたのではないかと思うわけです。
坂倉建築研究所は坂倉さんのおられた時代からですが、仕事毎に担当キャプテンを決め、担当のチームが所長とプロジェクトに取り組みます。それは仕事を分業化するということではなくて、建築の構想の段階、つまり建築のいちばん最初の段階から、現場の監理業務というか、建築を仕上げて引き渡すまで、原則としてその担当者全員がタッチするということで仕事をやってきております。 建築というのは、図面だけでできるものではないし、何よりも現場で実際に材料やいろいろなことを確かめてつくっていくという性格のものです。自分ひとりだけでやれるわけではありません。私と担当スタッフの間でも、最終段階までは押しつけはしないように心掛けております。それぞれが案を出し合い、それを検討しながら進めます。違った視点から私自身が何かを発見するとか、そういうことが建築をつくる上で非常に面白いことだと思っております。
クライアントにしても、建築家とは違った視点で、だれよりも一生懸命その建物のことを考えているわけですから、そういう考えの中から私たちが思いつかない問題や見方が出てきたりします。そこから学ぶこともたくさんあるはずです。それには、私自身がその場に居合わせなければキャッチできません。ですから、そういうことも含めて身体的な関与から建築ができてくるのではないかと思うわけです。
建築の設計においては場所性の問題も重要です。場所性ということは、物理的な場所だけではなく、そこに関わる人間の問題も含めたものとして考えることが大事です。そういうできるかできないか、そういうことを手掛かりにしながら、ひとつひとつの仕事について、何か創作のきっかけになるものをつかんでいくことです。
ということで、私たちの事務所では、できるだけそういうことをできるような環境にしていこうと努力をしてまいりました。