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東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

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北川原 温 - リアリティと概念
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東西アスファルト事業協同組合講演会

リアリティと概念

北川原 温ATSUSHI KITAGAWARA


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ぶどう畑の中のデュシャン
アリア
アリア

今、僕の事務所で進めている中で一番大きな仕事で、山梨県甲府市で目下工事中の工場団地「アリア」です。虫食い状態の約7ヘクタールの敷地に、道路を引き込み、緑地、公園などのインフラストラクチュアを設定し、建物をレイアウトしたものです。僕にとっては、土木造成計画から建物にいたるまで全部をやった初めての仕事です。

これは、民間の会社の事務所、工場、研究室などを含む本社ビルが12棟、そして共用施設としてのホール棟「ユニオンホール」からなる施設です。

この計画の模型をあるとき、建築評論家で建築史家の三宅理一さんに見てもらったら、彼は「これはマルセル・デュシャンの大ガラスだね」というんです。

M・デュシャン「大ガラス」
M・デュシャン「大ガラス」

マルセル・デュシャンの「大ガラス」というのは有名な美術作品です。彼は1917年の「ファウンテン」という便器の作品で有名ですが、おの「大ガラス」も1915年から23年にわたってつくられた作品です。本当はもっと複雑な「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁」という難解なタイトルがついています。このレプリカ・コピーが東京大学の教養学部のどこかにあり、本物は、ペンシルベニアのフィラデルフィア美術館に収蔵されているはずです。

マルセル・デュシャンの作品と甲府の建物がどうして一緒に感じられたのかわかりません。実は「大ガラス」は学生時代から大好きな作品でした。しかし、甲府のプロジェクトのときは全く忘れていたのですが、三宅さんにいわれて、そういえばそうだなと思いました。それで気になっていろいろ考えますと、僕の頭の中にはいつも「大ガラス」があったわけで、どこかでつながっていたんだろうと思います。僕の場合、計画初期のスケッチをイニシャルスケッチと呼んでいますが、敷地全体の大体の配置計画を記したスケッチを見ると「大ガラス」とつながっているように見えなくありません。 このデュシャンの「大ガラス」の作品をマン・レイが1920年に撮った写真があります。しばらくアトリエに寝かせて置いてあった作品にほこりがたまっている、それが非常に面白いというのでマン・レイが撮った物です。この写真を見ると、たしかに甲府のプロジェクトとつながっている、と思います。

マン・レイ「デュシャンの大ガラス」
マン・レイ
「デュシャンの大ガラス」

この話は非常に観念的で、よくいえば文学的なんですが、悪くいえば主観的なもので、言葉でうまく説明できないので、そこまでにします。

甲府のプロジェクトで、事務所のスタッフと皆んなでごろんしながら進めたの出すが、僕らがどんなことを考えて進めたかをグラフィックに表現してみました。

敷地はぶどう畑だったところで、七ヘクタールですからとても広々としたところです。まわりもぶどう畑が広がっていますから、ぶどう畑の真っ直中に突然ミニ都市が出現するわけです。ぶどう畑は農道と水路が交互に東西方向に配置されています。江戸時代からずっとこの配置だったそうです。そして南北には各農家の領分を示す区画の線が一反、二反という単位で引かれています。昔はこれが制度化されており、農業生産という生産システムの中できちっと維持されてきたわけですが、現代は、当然ながら現代のシステムとコンフリクトを起こして、古典的な農業システムは空間的には必ずしも合致しない、ということになって歪んできている、というイメージをグラフィックにして表現してみました。古典的な農業生産システムが歪んできているイメージに対して、近代の生産システムのイメージは、均質でデジタルという表現ができます。それを重ね合わせて見てみようと試みたわけです。それをもっといろいろ重ね合わせて検討しました。このプロジェクトでかなりの植栽を新たに施しますが、それも多少誇張してシュミレイトしてみました。

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