アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
最後に、「せんだいメディアテーク」のプロジェクトが、コンペティションの段階から今日に至るまでどのように変わってきたかについて簡単にご紹介したいと思います。ちょうど先週入札が行われまして、いよいよ建設がはじまります。このコンペティションは三年ほど前に行われました。これも坂野正明さんと、どうやって網目のようなストラクチャーの模型をつくろうかと試行錯誤しました。
きれいなケヤキが四列も植わっている並木通りにあります。地上七層、地下二層の建物ですが、50メートル角のフロアが積層されています。
このコンペティションでは、先ほど申し上げた空間のヒエラルキーをなくそうとしました。かつての公共建築のように広場があって、その先に建物があって、メインエントランスホールを入ってから目的空間に至るという序列はここではありません。サービスする空間とサービスされる空間といったような裏表もなくしたい。それからハンディキャップを持った人たちとの区分もなくしたい。あるいは、その地上階と屋上の庭園がある階と地下空間といった区分もなくしたい。すべて同じフロアが積層されているだけの建築をイメージしたいと思ったわけです。
そういう建築をイメージしていくと、空間はコンビニエンスストアのように均質になってきます。しかし均質な空間だけではだめで、そこにもう一つわれわれがなんらかの建築的提案をしたいと考えました。いろいろな議論があるだろうと思います。そこでわれわれは一度均質化された空間に、「チューブ」を提案しました。そのチューブは、森の中に木がたくさん生えていて、その木立の中を歩いているようなものだと思います。木立の中を歩いていると、座りたくなるような場所もあるし、木漏れ日が差してきて思わず立ち止まりたくなるような場所もある。それはもともとあった自然の場所性ではありませんが、人工のチューブによってつくられた新しい場所性を、この均質な空間の中にもう一度生み出したい。そのことによって、この均質な空間の中にもう一回、自然の中と同じように流動性が生じるはずだ、ということを強く提案したいと考えたわけです。
ただし、フロアによって、そういった流れは感じられるけれども、かたちはどのフロアも同じです。チューブを除けば吹抜けのような空間もないし、どの階も同じで、入れ換えることも可能です。フロッピーディスクやCDのようなフロアが七枚積層されていて、ここでは建築ですから人間がオートチェンジヤーのようにチユーブの中を行き来することによって、違う情報を得たり、違う情報のストックを見出したりする。そういうイメージで、フロアをつくりたいと思いました。
当初は、ギャラリーホールという空間が一つだけあり、それを積層された空間にどうやってつくるかが、事務所で議論になっていました。そこで、ドームのようなものをこの中に入れてみようと思いつきました。以前にやったプロジェクトで網目のようなドームをつくる提案をしたことがあったものですから、それがきっかけになって、はたと思いついたわけです。建築とは、論理的になにかが出てくるようなものではなく、当てずっぽうというか、自分の記憶の中にあるものの組み合わせからしか生じないと思います。
この建築は、チューブのイメージが確立された途端、これでいけるという確信を得ました。海草のような柱、水の中で揺れている柱のようなイメージがありました。「水とコンピュータ」、つまりコンピュータのようにネットワークで外の世界につながっていくものと、水のように人間の体を貫きながら自然と結んでいるもの。私が水とコンピュータのネットワークをオーバーラップさせていることから、海草のようなイメージになったんだろうと思います。
スラプが極力薄くランダムなフロアハイトで、ファサードのスクリーンは水の中にいるようなイメージをつくり出したい。この三つの要素をできるだけピュアに表現しました。
イメージモデルを描いても、全然うまくいかないときのはうが多いのですが、このときは、それが実体化へとダイレクトに結びついたのです。スケッチを構造の佐々木睦朗氏の事務所に送ったところ、佐々木さんが「これは、できる」ということでスタディがはじまりました。しかし模型をつくるのはたいへんでした。スタイロフォームを削って大根のようなモデルをつくることからスタートして、ストッキングを使ったりいろいろやってみました。いかにかたちにするかが難しかったのです。しかし、二週間も経たないうちに、ストラクチヤーが固まっていきました。
チューブが50メートル四方の床を支えるのに、当初十二本、今十三本になっていますが、このコンペティションの段階では太い部分が直径10メートル、細いもので2メートルくらいです。この中にエレベータや階段、エネルギーのパイプ類、ダクトなどが入っています。なおかつ上から集光して下まで自然光を送り込みます。ファサードはダブルスキンにして、その間に空気を流してコントロールし、夏は上に抜けていくように、冬は貯めて温かくします。当初は一部この空気を中に採り入れて、チューブから外へ抜いていく自然換気を考えていましたが、防災の問題などが絡むものですから大きな開口が開けられないこともあって、自然換気だけはほとんどできなくなりましたが、それ以外はだいたい初期のイメージに沿って進んでいます。
CDのようなイメージの床なので、梁をつくるなどとはとんでもないことで、フラットスラブでしかもできるだけ薄くしたいと思いました。これも佐々木さんが頑張って考えてくださったものですが、40センチのスチールプレートの厚みの中にリプが入っています。現場でかなりの部分を溶接していくわけですが、その上に約7センチから10センチの軽量コンクリートを打って、その上をさらにフリーアクセスフロアにします。
スラブも地震に対するシミュレーションを行いました。チューブのシミュレーションは本当はビデオで見ていただくとおもしろいのですが、地震の横力に対してまさしく海草が揺れるようなおもしろい動き方をします。当初コンペティションの段階では、完壁に1メートル角のグリッドをリブに切っていたのですが、このチューブの周辺は非常に力がかかることから放射状になり、中央は一方向に近いようなカによって変形していきました。均質な空間であれば完堅に1メートル角のグリッドになるのでしょうが、このチューブの存在によって、ちょうどそこが場所をつくっていくようにリブのかたちも変わってきます。カの流れが、こういう講造のリプのつくられ方にも伝わっていくわけです。空間の力が、構造の力と合致していくことがおもしろいです。
大きなチューブのモデルを何十本もつくってスタディしていますが、特にエレベータシャフトが入るところは各階、開口の位置が同じでなくてはならないという制約があり、それをトラス状に組んでいくと難しいわけです。それで四本の太いチューブが主として横力を受け持って、トラス状に組まれる。そのほかのチューブは鉛直の力を受けるだけの非常にスレンダーなチューブで、細いのは150センチ、一番太いもので224センチのスチールパイプです。図書館回りは耐熱ガラスが入るようなところもあります。そういったガラスで覆われていくようなチユーブになると思います。ねじれているけれども、まっすぐ建っている。それを横のリングで結んでいくようなタイプのストラクチャーと大きくニ種類のチューブに分かれています。
一階は、前面は普段は開きっ放しになっていて、屋外空間のようなスペースになります。ただし中央は、閉じることができてギャラリーホールになります。レストラン、ミュージアムショップなどが散らばっています。
二階が総合インフォメーションで、大きなカウンターの内側と外側にスタッフがたくさんいたり、新刊書が置かれて一部図書館的な機能も果たす階です。
三階が図書館的な機能の場所で、大半の書架が設置されます。ここだけは一部ギャラリーが回っているような空間があって、その周辺部に書架が置かれることになると思います。なると思いますというのは、内部の使われ方については議論があって、出来上がるまでその議論は続いていくし、あるいは出来上がってからも、続いていくと考えられるからです。どのようなことに対しても、大きなところで変わらなければかなりフレキシブルに対応できると考えています。
それからギャラリー的なフロア。ここは小割りにして、市民が小さな区画内で使えるようなフロアです。また、もう少し大きくなにかインスタレーションがこのフロア全体で行われるような、そういうギャラリーフロアもあります。最上階はコンピュータがたくさん置かれているデスクがあって、メディアのワークショップがあったり、映画やCDの愛好家たちが試作したものを見たり聴いたりする小さなホール、あるいはAV関係の自動送り出しのスペースなどがあります。
このように、客段階で客スケールのモデルをいくつもつくりながらスタディをしていますので、だんだん事務所のスペースがなくなってきて、一階はガレージだったのですが、模型の製作場になって、夜中に模型をつくっているものですから、通りすがりの人が不思議そうな顔をして立ち止まって見ていました。
実際に鉄工所で原寸大のディテールのスタディも行いました。溶接の精度の問題、あるいは施工の順序の問題、そういうスタディがすでに行われていまして、こういうものを見ると一方で重さを感じないようなチューブをつくりたいと思う反面、やはり50メートル角のフロアを支えるためにいかに力がそこに加わり、一方で実体としての生の建築がどんなものかを思い知らされるわけで、その狭間で行ったり来たりしながら、スタディをしているというのが現実です。
私が最終的にイメージしている理想の建築は、中心を持たず、内と外の区別もないものです。メディアテークの内部をコンピュータを抱えて歩いている人たちが、建築の中にいるというよりは、何か森の中を歩いているような、そんな自然の中にいるような空間体験をしていただけたらと、漠然と考えています。コンピュータを抱えた人間が新しい世紀のターザンだというわけで、今日は「メディアの森のターザン」というタイトルをつけさせていただきました。