アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
それからコンピュータと情報通信の話です。私は某雑誌のデジタルデザインコンペの審査を五年くらい続けています。3DのCGを募るコンペですが、最初の頃は大組織の大型コンピユータを使ってつくった3DCGと、学生がパソコンを使ってつくったものは大学生と幼椎園児くらいの差がありました。ところが、二年目、三年目でどんどんその差が縮まり、四年たつとほとんど差がなくなってきました。それが意味するのは、パソコンがとんでもなく進化しているということです。審査委員長の京都工芸繊維大学の山口先生に「コンピュータはこれだけ進化のスピードが速いと、どこかで臨界点がくるんじゃないですか」と訊きましたが、「十年はこのままいくでしょう」とおっしゃっていました。コンピュータの能力は年々だいたい倍のスピード、倍の容量でアップしているというんですが、計算してみると十年後には今の干倍くらいの能力を手にするわけです。
これほどのものが建築のつくりかたを変えていかないわけはありません。でも、どのように変わるのか、何にどのように使っていくのかはだれもまだイメージできていない、というのが現状ではないでしょうか。
それから私が「牧野富太郎記念館」でできなかったことをお話しします。「牧野記念館」は一生懸命つくりましたけれども、今日はどちらかというと、そこでできなかったことや発見したことをお話ししたいと思います。今日の主題は、「『牧野富太郎記念館』をめぐって」ですが、「空気環境について」という副題をつけたいと思います。「講造から空気環境へ」というのが適切かもしれません。
かなり前から、建築というのは三つの要素から成り立っていると思っています。骨組みがなければ成り立たないので構造がひとつ目。それから設備。三つ目はサーフェイス。例えば、「この会場の天井は練り付け材で貼られている」というような表層のエレメントです。それ以外にもあると思いますが、建築はおおざっぱに、構造、設備、表層という三つのエレメントで構成されていると思います。
それぞれがどう対応しているかというと、構造は重力に対応しています。地球はどこでも重力係数が一です。北極でも南極でも赤道直下でも、重力係数一で物質がどのように抵抗するというのがストラクチャーになるわけです。設備は空気環境と結びついています。人間が少しでも使いやすいように、どういうふうに空気をコントロールするか、というので空気環境あるいは環境に対応しているわけです。表層は、情報に対応していると考えていいのではないかと思います。基本的にはプラスターボードで仕上げられているこの会場の壁に、それだけではちょっと寂しいので木目の情報を張り付けたいと思ってこういった空間がつくられているわけですね。
さらに、ここからは私の直感が入ってきているので、みなさんにもいっしょに考えていただきたいところなのですが、重力というのは、どうも時間とペアになっているのではないでしょうか。環境はスペース、つまり空間とペアになっている。そして情報は人間の意識とぺアになっていると考えています。
私は「海の博物館」以来、架構をベースに建築の価値を組み立ててきたとみられていますが、その評価はあたっていなくもありません。「海の博物館」をつくっていたときは、どちらかというとポストモダニズム全盛期で、構造はどうでもいいんだ、とにかく建物をダブルスキンでつくって、どれだけ面白いことをどれだけ短時間でつくれるかというのがひとつの中心的な流れだったわけですから、私はそのスキンを一生懸命に引き剥がそうとしていました。ですが、その中でも設備というより空気環境のことをやり残しているのではないかという思いがしていました。