アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

マークアップリンク
トップ
私の建築手法
内藤 廣 - 「牧野富太郎記念館」をめぐって
エアコンディションの概念を変える
2022
2021
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986

東西アスファルト事業協同組合講演会

「牧野富太郎記念館」をめぐって

内藤 廣HIROSHI NAITO


«前のページへ最初のページへ次のページへ»
エアコンディションの概念を変える
「海の博物館」展示棟内部。大断面集成材の木の架構。
「海の博物館」展示棟内部。大断面集成材の木の架構。
収蔵庫風除室。ガラスの下端から外気が低速で入り、天井から抜けていく
収蔵庫風除室。ガラスの下端から外気が低速で入り、天井から抜けていく
自然対流を利用して室内の熱流を逃がす展示棟天井のジャロジー
自然対流を利用して室内の熱流を逃がす展示棟天井のジャロジー

エアコンディションの概念を変える

ご存じの方も多いと思うのですが、わが国の設備、エアコンディションの概念というのは戦後にはじまったといわれています。日本が戦争に負け、アメリカ軍のための駐留軍住宅をつくることになり、アメリカに示されたスペックとマニュアルで実際につくるときに、井上宇市さんが呼ばれてそのマニュアル本を翻訳しました。そのときに、エアコンディションという概念があって、腰を抜かすくらいびっくりしたというのです。このエアコンディションの概念を産学協同で組み立ててきたというのが、今のわが国のエアコンディションの現状です。実は、できることならここを変えたい、と思っています。もちろん私ひとりでは変えられません。できるだけ多くの賛同者がいてくれたほうがいいのですが、これをこれからのテーマとして捕らえたいと思っています。

どういうことかというと、みなさんは設計をなさるときに、温度とか湿度に対して実際に計測をして、考えてみたことがおありでしょうか。例えば構造だと、ここをもっとスリムにとか、壁厚を薄くしてくれとか、エンジニアにオーダーを出しますね。私たちは口を出すことができます。ですが、設備のエンジニアに対して、私たちはそういうオーダーを出してこなかったわけです。とりあえず、暖かくなく、寒くなく。私は、設計者の側には空気環境に対するコンテンツが決定的に足りないのではないかと思います。ふつうは、20度で湿度50パーセント前後がいい、といわれていますが、そこに風連0.7メートルの風が吹いたらどうなるかというのは、なかなかおわかりにならないと思います。私自身は、ある場所に身を置いたとき、その場の空気環境がどういう状態なのか自分でわかるようになるために、ふだんから温湿度計と風速計をもち歩くことをスタッフといっしょに試みています。

この間、国際線の飛行機に乗ったときのことですが、のどがとても渇いて、しかも寒くて仕方がないので、毛布をもらおうと思いました。そこで、試しに温湿度を測ってみて驚きました。みなさんも一度、温湿度計をもって飛行機や新幹線に乗ってみるといいと思います。私はのどが渇いていたから、たぶん湿度三十五パーセント、しかも毛布をもらうくらい寒いから気温は十八度くらいではないかと思っていたんです。ところが実際に計ってみると、湿度は十五パーセント、気温は二十七度です。乾燥状態で湿度十五バーセントくらいになると人間は気温二十七度を寒いと感じる、そういうことも私たちは知らないわけです。人間の体には皮肩の表面にたくさんセンサーがあって、暑さや寒さの情報を送っていると思っている方は多いと思います。私も知りませんでしたが、実は違うんですね。

人間の体のセンサーは、温度センサーではなく、熱流センサーだそうです。つまり、その場所からどのくらいのスピードで熱が逃げていくか、入ってくるかの速度を測るセンサーだそうです。ですから、皮肩から急激に熱が逃げると冷たいと思うし、入ると熱いと思います。ここに同じ形で同じ温度の木と鉄があるとします。触ってみると、木はあまり熱を吸収しませんから、急速に熱を吸い取る鉄と比べて暖かいと感じるわけです。これは経験則に照らしてみるとわかります。

私たちは、建築というのは人間を扱う分野だといいながら、意外なほど人間のことを知りません。もっと積極的に知るべきだと思います。人間そのもののあり方と、エアコンディションという建築を成り立たせている非常にベーシックな概念とがリンクしていない、というストレスを感じています。人間の体がどういうふうに感じるかということを含めて、設備のエンジニアといっしょに建築を組み立てていくべきだと思いました。

空気環境から「海の博物館」を読み直す
収蔵庫内部。天井高が高くとられ、簡易土間の床が呼吸をするように湿度を調節する。
収蔵庫内部。天井高が高くとられ、簡易土間の床が呼吸をするように湿度を調節する。

「海の博物館」は予算の少ない仕事だったので、設備を考えるまでもなく、エアコンディションなどはもってのほかだったわけです。館長は環境問題に非常に関心があって、エネルギーなんてものは極端に使わないほうがいいといって、はばからない人です。そういうこともあって、設備を最少にしました。

ここで考えたのは耐久性ということと、架構のふたつに絞られていたといっでいいと思います。このころは設備についてあまり頭の中になかったので、むしろできるだけ速く換気をする、熱い空気を外に出す、ということくらいしか考えていませんでした。

内藤さんが携帯している温室度計(左)と風速計(右)
内藤さんが携帯している温室度計(左)と風速計(右)

博物館の面積の半分くらいを収蔵庫が占めています。展示棟は、木造・大断面集成材の架講でつくっています。どちらもほとんどエアコンディションがないので、どうやっても一年のうち七日くらいは、とても耐えられないほど暑くなります。ちょうど風のないとき、つまり完全に凪で、非常に日差しが強いときはかなりきつい。でも、それ意外の365日の360日くらいはエアコンディションなしでも何とか過ごせる、という建物です。はじめはこんなにうまくいくとは思っていませんでした。収蔵庫は、当時文化庁の技官だった半澤重信さんと中身を組み立てました。床は簡易土間で、天上高を高くとっています。そうすると、急激に外の湿度が上がったときは、土間が湿度を吸ってくれて、緩衝材になります。外が過乾燥に傾くと、今度は湿度を吐き出してくれます。できたのは1989年で、それ以来博物館がデータをとっていますが、温湿度の推移がとてもいい、とのことです。博物館の人には、120パーセントの出来だと褒めていただきました。

展示棟は天上高を非常に高くとっていますので、この中に自然対流が生じています。夏場に行かれた方はご存知だと思いますが、上のところが開くようになっていまして、熱流がそこから逃げる仕組みです。ただ、このころは構造と格闘して、どうやって視覚化するかということを中心に考えていました。でも、意外と「海の博物館」での空間構成や空気環境に対する考え方がよかったのかな、いい点がたくさんあるなと、構造という観点ではなくて、設備という観点からこの建物を見直してみようかと思いはじめているところです。

«前のページへ最初のページへ次のページへ»