アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

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内藤 廣 - 「牧野富太郎記念館」をめぐって
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東西アスファルト事業協同組合講演会

「牧野富太郎記念館」をめぐって

内藤 廣HIROSHI NAITO


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森に隠れていく建築
本館と展示館(奥)をつなぐ回廊
本館と展示館(奥)をつなぐ回廊
展示館俯瞰。手前に中庭の水盤が見える
展示館俯瞰。手前に中庭の水盤が見える
本館の俯瞰
本館の俯瞰

森に隠れていく建築


 本館の二階というかグランドフロアレベルが、ちょっとした展示とショップと喫茶になっています。その一階部分に牧野文庫とか、植物の標本庫とか研究施設があります。本館から展示館には、170メートルの回廊をずっと渡っていきます。展示館には牧野さんの値物学に関する資科が展示されています。本館と展示館をどうして分棟にしたかというと、いかにも意味があるように見えますが、高知市が用地取得できなくて、通路部分だけなんとか借りられたので、離さざるを得なかったのです。

高知県の橋本大二郎知事が「木の支化圏構想」を提案していまして、高知県はほとんどが山林ですから、その利用も含めて、この建物はぜひ木造にしてほしいといわれました。そこで木造に取り組んでつくりました。基本的には大断面集成材ですが、高知県は日照時間が長く、木の目が広すぎてどうやっても耐力が出ないので、梁はベイマツです。高知県の業者の方が集成材の工場をこのプロジェクトのために新たにつくって、そこでつくった集成材を使っています。梁以外は野地板も間仕切りもすべて高知県産材のスギを使いました。テラスの床は高知県産材のヒノキを使っています。

不定型の三次元でうねった屋根ですから、図面を描くのもけっこう手間がかかりますが、実際につくるのは本当にたいへんです。これは、考えた人よりつくった人のほうがえらいと、現場に入ってからいい続けていました。集成材が全部で四百二十七本あります。その四百二十七本がぜんぶ角度が違って長さが連う。それからジョイントの位置も違う。そうなると四百二十七本全部に対して集成材の施工図が必要になってきます。

敷地造成は、開発上どうしてもしなければならない部分がありました。ここはもともと果樹園だったんですが、県が買い取って、薬草植物園になっています。今は周りにだいぶ植物が茂っています。むこうに高知市が見えます。夏は建物が見えなくなっちやいますよ、といわれましたが、かまわないからどんどん大きくなる木を植えてくださいと頼みました。だんだんと森の中に隠れていくのがこの建物の面白いところです。

本館の半外部空間
本館の半外部空間

普通、公共の建物ができあがると立派な木が植えられますが、この場合は植物園の学芸員の方が山採りでもってきています。基本的には牧野さんが関わった樹木が植えられています。すべて山からもってきますから、株立ちはそんなに立派ではありません。ただ、数年経つと鬱蒼とした森になっていくはずです。植物園はかなりの面積ですが、同じ樹木は、下草も含めて一本もありません。すべて違うものです。三年くらい経つと、つっかえ棒がなくなって樹木もようやくこの場所に根づくと思います。

「牧野富太郎記念館」でできなかったこと
本館中庭を見る。雨水の受け鉢もクーリングの役割を果たす
本館中庭を見る。雨水の受け鉢もクーリングの役割を果たす

風洞実験では、建物のマクロな風、要するに遠くからきた風、台風などがどのように建物に影響を及ぼすかということを実験したわけですが、実験をする前までは、建物にもっといろいろな穴が空いていました。つまり風の自然環境を使って、できるだけ空調負荷を減らしていこうと考えていました。ところが五台山ほど風が強いと、下から屋根を吹き飛ばされてしまうのです。そこで空調と構造のエンジニアとで屋内空間は密閉式にせざるを得ないという決断を下しました。それが、私が「牧野記念館」でできなかったことです。

「牧野記念館」というのはとても革新的な建物だと思っていますが、設備、エアコンディションの概念からいうと、従来の枠をまだ出ていません。自然をこよなく愛した牧野さんの建物としては、もっと自然と一体になったような空気環境までやりたかった、というのがやり残した思いとしてあります。

せめてものつぐないではありませんけれども、この建物は、インテリア空間は全体の三分の二くらいで、三分の一くらいが半外部の空間です。そういうところを風が抜けていく空間にしていますので、来客者は気時ちよさそうに涼んでいます。ただ中に入るとそれは、コントロールされたインテリア空間になります。

 中庭に水盤があります。これは今日の話ともつながりますが、当初からかなりの面積の水盤を設けたいと県の方にお願いをしました。これはクーリングの目的でつくりました。水盤の上を風が渡ると、気化熱で外部空間の空気が冷やされます。また、受け鉢があって、雨水がかならずそこで受けられるわけですが、ここには水棲植物を植えています。水棲植物も全部種類が違います。なおかつこの部分も水面になっていますから、クーリングの役割を果たします。

この建物の主な目的は建築ではなく、牧野さんの生涯と、牧野さんがどのくらい興味深い人物だったかをプレゼンテーションすることです。行かれたらぜひとも中身を見ていただきたいと思います。竣工直後に比べると、植物がだんだん育ってきています。最後は、建物は緑に隠れて、インテリアの空間だけが残ります。先ほど風の影響について述べましたけれども、まわりに樹木が育てば育つほど、風に対して建物も環境も抵抗力が強くなっていくわけです。ですから、早く育ってほしいと思います。十年後には森の中の建物という恰好になってくれれば、台風がきても大雨が降っても今よりもっと楽に耐えられると考えています。

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