アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
次は、「CapitaGreen(2016年)」というシンガポールの高層オフィスビルです。これも、竣工までにおよそ八年かかりました。途中でリーマンショックがあり二年くらい中断していたので、実質六年くらいでしょうか。
敷地はマリーナベイに面したラッフルズ・プレイスという金融街の中心です。このあたりには丹下健三さん(1913〜2005年)の手がけた「UOBプラザ(1995年)」や、黒川紀章さん(1934〜2007年)の手がけた「リパブリック・プラザ(1995年)」など、300メートル級の高層ビルが建っています。シンガポールでは、URAという都市再開発庁がだいたいのビルの高さを指定するのですが、計画地は250メートル級という指定があり、「CapitaGreen」は高さ245メートルとなっています。また、三角形の変形敷地だったため、中華系の人たちは三角形の尖った部分をたいへん嫌うので、建物形状はその尖った部分を全部カットした六角形としました。それによってできた敷地の余白を小さな広場のような場所としました。
シンガポールは、半世紀前まではジャングルでした。そこへ高層ビルが一棟建つごとに、ジャングルが切り開かれて自然は失われていきます。高層ビルには、せいぜい大きな吹き抜けのテラスや屋上庭園をつくる、というくらいしかできなくて、私もお手上げに近い状態ではあったのですが、今回は地上の緑が壁を這い上がって上昇していくような、壁面の緑をつくることはできないだろうかと考えることからスタートしました。
建物立面は、浅い緑のテラスを設けた「グリーンファサード」が約50%、ガラスのダブルスキンによる「アーバンファサード」が残り半分で構成されています。「グリーンファサード」のテラスには2メートルくらいの奥行があり、その内側約1メートルの部分に土を入れ、低木を植えました。また、風を防ぐためにまばらにガラスのスクリーンを入れています。一方、「アーバンファサード」はダブルスキンと申し上げましたが、内側のガラスファサードの外側にガラスのスクリーンが密に入っている、隙間のある緩いダブルスキンとなっています。ダブルスキンは寒いところでこそ有効であり、暑いところではそこまで効果的でないと言われていますが、それでも実際にでき上がって測定すると、どちらも同じように二重にしている効果はあるようです。
最上階には、ジムとレストランを含むスカイフォレストを設けました。ここには15メートル級にまで生長する樹木をはじめとした約40種類もの植物が生い茂る森をつくりました。これは、URAによる高さの指定を受けて245メートルの高さが必要なところを、容積率で言うと高さ200メートルで十分だったため、残りの45メートルを埋めるための森としたわけです。
スカイフォレストには、ファネルと呼んでいる空気の取り入れ口(ウィンドキャッチャー)を設けています。200数十メートル上空では、地上より2、3度気温が低く、また、地上よりも清浄な空気なので、それを空調に使おうと計画しました。コアの中にクールボイドと呼ばれる数平米のボイドスペースがあり、最上階のファネルから取り入れた冷たい空気が、このクールボイドを通して各階のオフィスフロアへと供給されます。施工をしてもらった竹中工務店の竣工後の調査によると、最上階の屋上緑化部分は地上より2.5度ほど温度が低く、このクールボイド内はさらに1度くらい低いので、十分に省エネ効果があるようです。また実際に、時間ごとの大気汚染の原因となる二酸化窒素(NO2)の量を測ると、40階では1階の半分ほどの数値しかなく、清浄な空気であるという結果が出ています。
ファサードを緑にするとか、森をつくるとか言うと、日本では「いったい誰がメンテナンスするのか」という管理面での問題が指摘され、ボツになることがほとんどですが、本プロジェクトでは建主であるCapitaLandというディベロッパーの前CEOが太っ腹で、「よいランドマークになる」と、こちらの気が抜けるくらいあっさりと了承してくれました。一方で、CapitaLandはオフィスとハウジングを専門としているディベロッパーですから、オフィスの基準階のプランニングについては非常に厳しかったです。1平米でも貸面積が大きくなるように、と言われていました。
また、シンガポールでは、こういった大きなビルでは、今でも建設費の3%をアートワークに使うことになっています。「CapitaGreen」では、天井高が15メートルほどのピロティ空間である1階のパブリックスペースのアートワークを、オラファー・エリアソンというベルリンにオフィスを持つアーティストに依頼しました。彼は、上部の建築のファサードに反応して、植物の根のような「AboveBelowBeneathAbove」という柱に絡み付くアートワークを提案してくれました。60本の根茎に見立てた鉄柱が林立し、その根茎にはあやしげな実のようなオブジェが設置されていて、これは夜になると不思議な光を放ちます。彼のアートワークにわれわれも反応して、足元には木の実のような集成材のスツールを制作しました。
さらに、エレベーターコア周りの壁は、当初は石張りの予定だったのですが、急遽土壁へと変更しました。著名な左官職人の久住有生さんにお願いをし、彼が日本から十数人の職人を連れてきて、非常にきれいな土壁をつくってくれました。現場でシンガポールの左官職人も手伝ったらしいのですが、曲面(凹面)部分を、日本の職人は平らなコテでつくることができますが、シンガポールの職人は曲がったコテをつくらないとこの曲面を仕上げることができないと考えていたようで、そういった違いもおもしろいと思いました。また、エレベーターコアの奥の壁面には、国代耐火工業所の耐火レンガタイルという、40×10センチのサイズで、奥行が数センチある大きなタイルを使用しています。高層オフィスビルで、こんなにも土壁やレンガといった自然素材を使用するのは、シンガポールでは非常にめずらしいと思います。
2015年9月にグランドオープンを迎え、テナントに入っている企業のボスが何人か訪れたのですが、高層階でも緑がたくさんあるので、自分が高層ビルにいるという印象をあまり受けずに過ごせるのでよいと言ってくれました。現状では、まだ緑が十分に育っていませんが、シンガポールは植物の生長が早いので、あと一年もすればもっと緑が見えてくると思います。
また、このプロジェクトは国際NPOの高層ビル・都市居住協議会(CTBUH:CouncilonTallBuildingsandUrbanHabitat)による2015年度のアジア・オーストラリア地域の高層ビル部門の最優秀作品賞「2015RegionalWinnersforBestTallBuilding」を受賞しました。