アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
組織設計事務所は、アトリエと同じ建築設計の業種ながら、かなり異なるアプローチをとっていると感じています。それは、クライアントが建築に何を期待しているのかに起因します。たとえば日建設計では建物を「作品」ではなく、「プロジェクト」や「建築」と呼ぶように心がけています。日建設計に依頼いただくクライアントの多くは、実用的で長持ちする建築を望んでいて、作品性ではないからです。一方で、アトリエ事務所に依頼するクライアントは、その建築家の個性を期待していると思いますし、建築家もそのブランド力を礎に次のプロジェクトへと繋げています。どちらがよいということではなく、それぞれの建築設計があるのだと思います。
また日建設計の場合は、海外のクライアントやプロジェクトを除き、継続して依頼されるクライアントの方が新規よりずっと多いということも、要因の一つかもしれません。組織としての長い歴史の過程で積み上げてきた信頼関係があり、彼らが望んでいることも把握できます。そのため、その要望に対して適切な設計をしています。ただ私の中で、クライアントの要望と、私の望みであった現代の数寄屋建築が奇妙な巡り合わせで建築になったのが「ザ・リッツ・カールトン京都」でした。吉田五十八と吉村順三に感化されて建築の道に進み、それ以来ことあるごとに設計に日本的な味付けをしてきましたが、本当に数寄屋建築を取り入れることができたのは、これがはじめてのことでした。クライアントにも喜んでいただき、また私個人としてもひときわ嬉しい仕事でした。思い描いていた建築が実現できた。そういう意味では、このプロジェクトにおいては、組織設計事務所にいながら「作品」をつくったと言えるかもしれません。
私は近代建築やモダニズム建築だからというだけで、すべてを残す理由にはならないと考えています。新旧関係なく、どの時代の建築にも使い続けていく方法はあります。手を加えて、その時どきの偶然を楽しみながら改築していくということは、実に味わい深い大人のデザイン路線です。設計事務所としても、これからの社会に貢献し、次の時代へ繋げていくために、カーボンニュートラルの時代にふさわしい選択をクライアントに合わせて提案するように心がけています。すべての建築ですぐにできるわけではありませんが、積み重ねていくことでいずれ社会がよくなるだろうと考えています。実際、少しずつこうした要望をいただくことはありまして、日建設計ではヘリテージ設計と呼んでいるのですが、経年劣化した状態からいかにオリジナルへ戻せるかというプロジェクトが増えています。たとえば、「東本願寺」や、「原爆ドーム」の耐震改修等を行いました。「二条城」の改築といった計画もあります。これから先のことを考えれば、超高層ビルのような現代建築でもその時代に生きた人びとの記憶に繋がるのであれば、残せるものや使えるものは残していくべきだと思います。私たち設計者は建物の存続を判断するクライアントにはなれませんが、ヘリテージ設計が社会から評価され、そうした事業が成立するためのお手伝いを働きかけていくことで、これからの社会に貢献できるのではないかと考えています。