アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
まず最初のスライドは、一九八三年に発表した「千ヶ滝の山荘」という作品で、私自身の家族のためにつくった非常に小さな山小屋です。人に見せるようなものではありませんけれども、これをいまお話ししたようなことを具体的に説明するきっかけにさせていただこうと思います。
敷地は軽井沢の、いわゆる旧軽の賑やかなほうからは外れたところにあります。これは、本当にローコストの小さな箱です。四間×四間の正方形に四方切妻の屋根がのっているだけという、別段何々風ということもない、板張りの木造の家です。最も単純で世界中どこでもつくっている、そういう意味では子供でも原始人でも単純につくる形です。まあ、それしかつくるお金がありませんでした。
敷地がゆるい斜面になっておりますから、斜面に一階建ての箱が建ち、その上に四五度の切妻屋根がのっています。屋根裏を使っていますが一階建てです。これだけのものです。ここで私が建築的に考えたことは、壁というのは何かということです。建築には壁と屋根がある。それで、壁に穴を開ければ窓が入口になる。これはだれでもがそう考えます。ここで私は壁と開口部ということの意味をもう一度自分なりに基本から考え直すという作業をやりました。
まず、ローコストにするために、いちばん簡単な方法であるガラスを全部動かさないことにして嵌め殺しにしました。そして、人や空気が出入りする部分は別に壁を開けるということで、壁面そのものを開閉できるようにしました。具体的には、上部を押し上げて開けると庇になり、腕木状のもので支え、下は倒して、それが水平になって窓台になります。まるで初心者がいろいろな開口部の演習をやっているようなものですけれど、まあそういったものです。
冬期はこれを閉じてしまいますと、完全な板の箱になります。あちこちで開閉しますので、たとえば東側では壁全体を開いてバルコニーへの出入りもできます。軽井沢でもこの辺りはアメリカのニューイングランド地方と同じように冬は零下二〇度ぐらいまで気温が下がります。しかし、単純に開口部をピタッと閉めてしまって、特に引き違いといったようなむずかしい開け閉てにしていませんから、ラッチで締めてしまうと非常に断熱性能がいいんです。ただ、それだけのことなんですが、私は小さな薪のストーブだけでここで冬も暮らしています。
それだけの仕掛けでこの単純な形を決めましたが、結局ここでやったことは、開口部とは一体何なのかを考え直してみることでした。というのは、開口部について私たちは本当にどれだけのことを知っているのだろうかということなんです。窓は窓だと考えますが、窓は実はいろいろ別々の機能を持っています。いってみれば当たり前のことばかりなんですが、光を入れます、風を入れます、外を見ます、それが床まで開きますとドアになって外へ出たり入ったりするわけです。普通、私たちはただ窓というだけで、そうしたことを同時にやっているわけです。ここではそれを一度それぞれに分解しました。外を見たい方向のところに外を見る開口部を開ける。夏の通風のためには、そのための開口部をいちばん適した場所、すなわち足元に採る。ここは夏の間はは開け放しにしています。そして、開口部には内側に障子を入れて断熱性を高めています。障子は断熱性と同時に、入ってくる日照を調節する役割も担っています。
開口部をこのようにやってみると、実に面白いんですね。斜面の向こうに八ヶ岳が見えます。この敷地は比較的見晴らしがよくて、それぞれみたい方向に合わせていろいろな開口部をつくることは、まことに楽しい作業でした。
バルコニー側の大きな開口部は突き上げるとそれが庇になります。日本の場合は庇をなくしてしまうのはたしかにあまりいいことではありません。しかし、私はこの山荘では庇を全部切り落としました。というのは、軽井沢は霧が出ることが多くて、そんなときは庇のある家は暗くてじめじめするんですね。長年住んでいてそれが私は厭で仕方なかったんです。だから庇は切り落としました。しかし、軽井沢はまた雨も多い。だから庇がないと困ります。そこで開口部を突き上げることで庇をつくる。そうすることで必要なときに庇をつくるという方式にしたわけです。
理屈をいいますと、開け閉めすることによって欲しいもの、すなわち光が欲しいところには光を、眺めが欲しいところには眺めを、風だけ欲しいところには風を入れるように、開口部の大きさや位置を決めていく、それだけのことをやりました。
たとえば、屋根裏の開口部では、上のほうからたっぷりと光をいれまして、遠くに八ヶ岳が見えるようにしました。
窓や開口部というのは、大昔からあるもので、単純なものですが、ここでは窓の意味をもう一度分解して、それに個々の形を与えて最後にそれを全体に再構成するということをやってみたわけです。
実は皆さんの前で率直に白状いたしますと、これを教えてくれたのはルイ・カーンなんです。カーンの作品に「エシュリック邸」という有名な小さな住宅があります。ここでカーンがやったのが、まさに窓の機能を分解するということなんですね。
たとえばここで彼は、光を入れる窓と風を入れる窓を分解しているんです。リビングは二回まで吹抜けていますが、その高い上部から北国の淡い光が入ってきます。また、アメリカは住宅の周囲に塀をつくりませんから、道路から見られないように、開口部には全部板戸がついています。そして板戸をあけると外が見えるんです。
建物の西側に暖炉があります。そして実に効果的な位置に窓があるんです。そうすると冬のちょうど暖炉に火が灯る頃、すなわち夕日が沈む頃、その部分に夕方の赤い光が部屋中にパーッと入ってくる。すばらしい光景です。私はこの住宅を最初に見せてもらったときに本当に感動しました。私たちは単純に光は光と考えがちですが、西から入る光と北から入る光と南から入る光とは全然違うんですね。当たり前のことなんですが、こんなすばらしいものを同じに扱うことはない、建築家としていちばんすばらしいものを放り出してしまうようなものですから、そこで私は、見たいもの、入れたいものによっていろいろな窓を考えるという当たり前のことをここで教わったんです。
実は、これがたいへん面白くなりまして、それからいろんなことをやってみました。これについては今日は細かくお話ししませんが、日本の建物にもいろいろな仕掛けや工夫があります。皆さんもきっといろんなところでその実例を見ているでしょう。
少しだけ、そうした窓の実例をお見せしましょう。
これはカーンの窓の原形といっていいものです。フリードリッヒが一八二二年に描いた十九世紀ドイツの有名な絵画で「窓辺の夫人」と呼ばれるものです。暗い北ヨーロッパの光を上からたっぷりと入れています。しかし、道路に面するほうの窓は板戸になっています。自分が外を見たいときだけ板戸を開ける。外から見られたくないときは閉めるというわけです。そうすることで本当に部屋が、私たちが単純に四角い窓をくっつけただけの部屋とは大いに違ってきます。
これはフランスのヴィオレ・ル・デュックという建築家で歴史家の書いた本に出てくる窓ですが、彼はその本の中でいろんな面白い窓の形を記録しています。たとえば光の入る窓のまわりに座るいろんな形式、窓の中をくり抜いた小さな部屋などが載っています。
日本の例を見てみますと、これは修学院離宮です。日本の建物は、単なる開口部の形そのものも面白いんですが、それだけでなく、何枚もの面が重なってできる表情が実に面白いですね。たとえば一番外の板戸、それから格子戸そして障子といった具合に重なっています。いちばん外側の板戸を立てると壁になります。これらをそれぞれ開閉することによって何種類もの開口部が生まれます。実にすばらしいものだと思います。日本の建物は壁が西洋のそれに比べて薄いんですが、それが何層にも重なるというところが非常にユニークなんです。ひとつの開口部の中に何種類もの表情が時間や季節によってできるわけです。これは本当に面白いですね。