アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
Yという住宅は、青森県立美術館の設計とほぼ同時に始まったプロジェクトです。設計が終わったところで、クライアントの方の遺産相続の問題から、実現には至りませんでした。このプロジェクトは、機能ではなくて、何か一種の既存部として与えられた形式、既存部のように与えられてしまった空間を利用する、そういうふうにして、つくれないだろうか、と思ってつくりました。
クライアントの旦那さんは、音楽関係の仕事をされていてスタジオが欲しい。だけど音があると眠れない、眠るところは地下がいいという人です。それに対して奥さんからは、光があるところにいたいという要望がありました。ふたりに共通するところは、外は見たいけれど、外から見られたくないということでした。それから、その方のお母さんの住まいも考えないといけない。そのようなプロジェクトでした。
その結果、まず法律的に認められた最大の高さのところに奥さんの部屋をつくって、地下に旦那さんの部屋をもってきて、途中は何もつくらない、というストーンヘンジみたいになものになり、そこからスタートしました。お母さんの住宅はその間の地上レベルに日本の古い伝統的なタイプの家屋として設けました。
外断熱を採用しているのですが、部屋がないところの外壁には断熱してもしょうがないので、部屋があるところだけ断熱材を張りました。また、外から見られたくないという要望がありましたので、壁には窓がありません。その代わり、空がどう見えるかがスタディされ、トップライトや屋上テラスがふんだんに配置され空間ができています。階段室とお風呂が兼用になったような空間ができたりするなど、おもしろい計画ができました。
これは、形式を先に与えておいて、それをどう利用できるか、ということで進められたプロジェクトです。
もちろん、あとで形式をいじってみるというフィードバックはありますが、それは機能的なフィードバックというよりは、中の空間がおもしろくなるかどうかを主眼に置いたフィードバックです。その意味では、青森県立美術館と似たようなプロセスを辿っているのですが、今、見ると少し不満です。というのは、このかたちをつくっているルールがないからです。こういうかたちが格好いいなとか、ここはこうなっているといいなとか、論理とはいえないものでかたちが決まってしまっているからです。恣意的な判断でしかなく、ほかにも無限の選択可能性がある。そういうのはどうかな、と最近思います。
表参道のルイ・ヴィトンの建物などは、これよりも恣意性が少なくて、いろいろなサイズのプロポーションの直方体空間を内包するような構造体をつくることをルールとしてもっていますから、あるところに収束していく感じがあります。Yの場合、こう見えるからという理由しかありません。