アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
島根県益田市に現在施工中の文化施設です。コンペの結果、僕の事務所がやらせて頂くことになりました。人口5万人ほどの町に何故こんな大きな施設を、と思うほど規模の大きな建物です。僕自身も、延べ床面積約1万8千平方メートルにもなる大きな建物を設計するのは初めてです。よくよく聞いてみると、これまで島根県は、主に県東の松江に資本投下をしており、西の端にある益田の方にはあまり資本投下してきませんでした。知事としては、なんとかして益田を松江と比較しうる文化都市にしたいという思いがあったようです。
このコンペで指名された建築家のほとんどは、僕にとって先輩に当たる方々で、まともに提案しても勝ち目はありません。思い切った、定石からは程遠いアプローチをしなければ勝てないだろうと思ったのです。そこで、モダンデザインではないもの、つまり伊東豊雄さんの「せんだいメディアテーク」などとは正反対の価値を提案しようと考えました。ガラスと鉄という従来通りの建築のあり方でいいのかと問いたかったわけです。僕は、このコンペの面接で、300年保たせますと宣言しました。300年保たせるためにはどうすればいいのでしょうか。
このコンペ案をつくる時、僕は現地に行って、この土地のいろいろな人に話を聞いたのですが、そこで出会ったのが石州瓦です。瓦を使うのは、もう一度「海の博物館」に戻るようで抵抗感もありましたが、原点に返ってみようという気持ちもあり、積極的に使うことにしました。さらによく話を聞いてみると、石州瓦は千三百度で焼成するとのこと。通常の瓦は八百から九百度で焼いているわけですから、千三百度というのはすごいと。そうであればその耐久性はいかばかりかと、保存修復をやっている方に聞くと、百年前のものでもぴんぴんしているということです。ですから、石州瓦をうまく使うことをコンペ案の骨子にしてもいいのではないかと思いました。島根県は、中国を源とする酸性雨、酸性雪の降るところで、その害から建物を守るためにも瓦のような熱を加えてつくった材料の方が有効なのです。風対策や下地の問題など注意すれば、とてもおもしろい素材であると思いました。最初はこの石州瓦を屋根材としてのみ考えていたのですが、それだけ耐久性があるのであれば、屋根だけでなく壁まですべて覆ってしまおうと考え始めました。壁に石州瓦を用いる方法としては、当初、コンクリート打ち込みを考えていたのですが、結局、オープンジョイントで鎖帷子のように建物をカバーするという方法に変更しました。
内容は、約1,500席の大ホール、約500席の小ホール、延べ床面積約6千平方メートルの美術館、そのほかレストラン、マルチユースの展示場です。僕が提案したのは、50メートル角の中庭を敷地の中央に配置し、これに回廊をめぐらせ、そしてこの回廊のまわりをさまざまな機能が取り囲むというものです。このようなブロックプランを提案したのは、僕だけでした。ほかの方はたいてい二階建てにして、片側に寄せるか、真ん中に集めるという集中型の計画でしたが、僕の案はどちらかというと分散型で、明快な形をもたないものです。はっきりしていたことは材料に対しての明快なコンセプトであって、形の提案ではありませんでした。
石州瓦は赤瓦で、最初どうもこの色に抵抗がありました。関東の人間にとっては馴染みが薄く、違和感があったのですが、何度も通っているうちに慣れてきて、いい色合いだと思うようになりました。特に島根県あたりの方は、この色を大変好むようです。益田から少し北東に行ったところにある江津市が石州瓦の産地で、ここでつくられた瓦は江津港から北前船を使って北海道の西部から九州の南まで運ばれていたようです。ですから日本海側の地方一帯に石州瓦を使った建物を見ることができます。
どうも江津を拠点とする船の交易は、石州瓦を船の重しとして積んで出港し、それを売った代わりに米を買って帰ってくるということだったようです。そういう地元の、しかも歴史あるものをできるだけ使いましょうということで、設計が進められました。瓦を使った屋根のディテールは、300年くらいの長い歳月をかけて完成されたものなので、それ自体はあまりいじれないのですが、壁に使うとなるとゼロから考えなくてはいけません。ここでもさまざまな検討を重ねながらディテールを開発し、その結果、新しい形が提案できたと思っています。
ただ、なんとまあ反時代的な流行らないことをやっているのかと思う毎日でした。こんなことをやってもいいのかなとも思いましたが、技術的に合理性があって、建物の寿命を延ばすとしたら、これ以外のことは考えにくいのです。瓦の鎖帷子の内側は、あまり特別なことはやっていません。特別なことというのはプレキャストコンクリートを使ったりすることですが、そうしたことはできるだけ避けて、基本的には現場打ちのコンクリートです。
1,500席の多目的ホールというのはなかなか難しく、側面には反射が必要です。音響に関して、唐澤誠さんという専門家に相談したところ、音響反射板がたくさん必要であるといわれました。その時に、音響反射板にコンクリートを用いる可能性を尋ねたところ、問題ないという答えが返ってきました。あまり例がないようですが、性能的にも非常に優れているとのこと。それならばということで、気候から守るための石州瓦のプロテクターが一番外側にありまして、その内側にコンクリートの躯体があり、さらにその内側に入れ子のように音響のためのコンクリートの箱を入れたらどうかということになりました。また、もっとも内側のコンクリートの箱の側面は、音響の反射に望ましいように折板状とすることで現在も取り組んでいます。
多目的ホールの側面のほか、美術館側のエントランスやファッションのための展示室、シリンダー状のドームなども、スギ板型枠の現場打ちのコンクリートです。