アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
ハノイ36通り地区の実験住宅です。東京大学生産技術研究所と東京理科大学との共同プロジェクトで五年の歳月をかけました。36通り地区は古いエリアで、とても高密度に人が住んでいます。このエリアは1キロメートル四方より少し狭いくらいで、密度としては1ヘクタールあたり1,000人ほどです。日本でいうと14階建てのマンションが並んでいるような場所の人口密度に相当しますが、実際には2〜4階建ての細長い町家のような建物がたくさん建っているエリアです。ここに「スペースブロック」という手法で穴だらけの集合住宅を計画しました。ものすごく複雑な建物で数カットの写真で空間を伝えるのは難しいため、田中浩也さんが「スタンプ」という多次元フォトコラージュのソフトをつくって下さり、多数の写真を重ねて見せることで空間体験を再現させています。
このプロジェクトは日本の研究資金によるもので、ベトナムの大学の先生方とも協働しました。本当は旧市街地に建てようとしたのですが、権利関係が複雑で土地が手に入らず、結局、ハノイ建設大学のキャンパスの中につくることになりました。
正式プロジェクト名は「高温多湿気候下における高密度居住モデルの開発」です。東南アジアに代表されるような高温多湿のところで、エネルギーをできるだけ使わず人が高密度に住むためにはどうしたらいいかを提案するもので、地球環境問題とも関係している研究です。
実際に1ヘクタールあたり1,000人が住むとすると、1キロメートル四方に10万人が住めることになります。この密度で人が住むと、自動車がなくとも快適に生活ができるし、日本のようなスプロールを食い止めることができます。
また、ベトナムにも中国製の安いエアコンが入ってきて、だんだん東京のようなヒートアイランドになることも予想されますから、エアコンを使わなくても快適に暮らせる建物を考えることも重要です。それには建物の中の隅々まで空気を流すことが大切ですので、コンピュータによるCFD解析を用いて風の流れをシミュレーションしています。
インテリアとエクステリアは50パーセントずつです。50パーセントも外部があるともったいないと思われるかもしれませんが、ハノイでは外部が重要です。人が路上に出てきてビールを飲んだり御飯を食べたり、最近は減ってきましたが、散髪したり体重を計ることを商売とする人がいたりと、路上が生活のための空間になっています。真冬以外、家の中にいるのは寝ている時だけになったりもします。木陰にいるときのはうが快適だからです。ですから、外部をたくさんつくることは決して無駄にはならないのです。インテリアには吹抜けがたくさんあります。熱い空気がどんどん上に逃げていって、最後に風で吸い出されるようなつくりになっています。この建物の現場監理は東京理科大学の修士課程の女子学生ふたりが、8カ月間かかってやりました。当然、彼女たちは実務経験がなく、下手をするとアルミとステンレスの違いもわからないぐらいの状況の中、体当たりでつくった感じです。指示を出していた僕も大変でしたが、市場の成り立ちも日本と違い、こういうつくり方でもできるんだなということがわかって、面白い経験になりました。
この地域の町家は現地で「チューブハウス」と英語で呼ばれています。
ベトナムの若い人たちは英語が話せますが、基本的にベトナム語しか通じないところなのでコミュニケーションが大変で、重要な打合せにはいつも通訳をつけていました。36通りの敷地は2.5×60〜70メートルのものすごく細長い敷地です。まず、東京大学の曲渕英邦さんと協同で二年半をかけて同じ地区内の住戸の内部を調査しました。採集したプランはどれも細長い短冊型で、15メートルの幅に6軒ぐらいの住戸が並んでいます。いちばん細長いもので長さが80メートルぐらいありました。調査は一軒一軒中に入って、しかも上に上がったり下がったりしながら調べますので、なかなか時間がかかる作業でした。
ハノイは漢字で「河内」と書くように、湖や川がたくさんある湿潤なところです。路上の密度が高くて、道の上に何でもがあります。京都の町家を縦に細長く三つに切って、それを直線的に並べたような形で、中庭がたくさんあります。もともとは平屋か二階建てでベトナム瓦を載せていましたが、フランス植民地時代に、陸屋根の影響で瓦を使うことが少なくなりました。昔はもっと中庭が広くて明るかったのですが、中庭を潰して部屋にするケースも増えています。
ベトナムは20世紀にいろいろな戦争をやっていますが、一度も敗戦がなかった唯一の国です。中国の文化とフランスの文化、共産主義と今の開放経済、とずいぶん政治も変わってきています。もともと中国の大家族が細長い家に住んでいた居住形態が、共産主義政府になってからは手前か奥の場所へ移されて、残りの場所にほかの家族が入れられるようになりました。細長い場所にいくつもの家族が住んでいますから、プライバシーや防犯の問題、部屋不足の問題が出てきてずいぶん荒れているものもあります。でも、調査を進めるうちに、そういうところで高密度に住むための知恵があることがわかっていきました。
一番奥の中庭まで行くと表の道路の騒音がまったく聞こえなくなくなります。「夏至」という映画はこの36通り地区を舞台にしていて、ものすごく静かな印象の映画です。
実際は道路だけ歩いているとがちゃがちゃとすごくうるさいのですが、細長いために奥へ行くと音が消えていきます。住んでいる人たちの中で、この静けさと通りの騒音が、街の裏と表みたいに共存しています。細い通路の入口にはたいていおばあちゃんが座っていて、勝手に入ろうとすると睨まれます。うまく交渉しないと決して中には入れてもらえません。
細長い敷地は高密度に住むためには有効です。しかも、四階建てで容積率200パーセントの穴だらけの建築をつくれば、もっと快適な状態で高密度性・都市性を維持できるのではないかと考えています。奥行が60メートルというと、そのまま垂直に建てるとちょうど香港の女人街や旺角のペンシルビルぐらいの高さになります。