アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

マークアップリンク
トップ
私の建築手法
長谷川 逸子 - アーバンスピリット
東京と藤沢の往復で感じること
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986

東西アスファルト事業協同組合講演会

アーバンスピリット

長谷川 逸子 - 長谷川 逸子・建築計画工房ITSUKO HASEGAWA


«前のページへ最初のページへ次のページへ»
東京と藤沢の往復で感じること
湘南台文化センターコンペ案
湘南台文化センターコンペ案

きょうはお忙しいのに、よくお集まりいただきました。きょうの話のテーマは「アーバンスピリット」で、訳せば「都市感覚」ということですが、私がこのごろ考えていることをお話しして、それからあとで私が設計した建物を、スライドで見ていただこうと思います。

ちょうど十日ぐらい前に、日本の建築のビデオをつくるためアメリカのケネス・フランプトンさんという建築評論家が、私の事務所にやってきました。私の事務所に来るなりビデオ撮りが始まりました。

いちばん初めに湘南台文化センターの模型を映しながら説明しました。すると彼は「『新建築』の英語版である『JA』でこのモデルは見た。でも実際工事に入っているのは大変驚きである。日本の地方都市には、こういうものをつくらせてくれるような文化があるのか。一体なぜこれができたと考えているかという質間をしてきました。

政治家に聞いているような大きな質間で、大変戸惑いました。藤沢市は、東京から一時間ぐらいの神奈川県下の人口三三万人ぐらいの都市ですが、ここ一年間通ってみて、私が住んでいる東京とだいぶ違う感じを抱いておりましたから、そのことからお話ししました。

首都圏でも東京というど真ん中よりその周辺にはまだ自然が残り、田畑や山や海もありそしてちゃんと生活をエンジョイしている人がいる。そういうまちは知的レベルも高く、東京を支える情報を提供しているらしいと感じさせるほどで、そこで市民の同意を得ながらプロジェクトを進めてきたことを話しました。

きょう、ここにいらっしゃる皆さまもきっとそのあたりをお知りになりたいんだろうと思いますので、湘南台文化センターの計画が実現するに至るプロセスをお話ししたいと思います。

いま東京は、情報が集中しているとか文化の中心のようにいわれます。私は中野区というところに、八十四歳のおばと一緒に住んでいるんです。近くには老人が多勢住んでいます。密集地で木賃アパートもたくさんあります。地方へ出掛けてみて、自分の住んでいるところと比較しますと、決して豊かな感じはないわけです。商業空間は豊かさを表現し、日々華やぎおもしろさを増しているのに住環境には豊かだといわれる中の貧しさを感じます。マンションが多いため、ゴミの出し方もひどかったり、道路は狭くて、それでも隅々まで車は入ってくるし、どうもそこに生活している者はずんずん貧しくなっているなと感じるのが、いまの東京なわけです。

そんな東京から藤沢に通っていると、私は東京よりもちゃんと生活している人がいるなあと、つくづく感じるのです。

私は発注を受けてから市の関係者、つまり市の理事といわれる方とか、まちづくり会(藤沢市の湘南台区域は昔から別荘地でしたから大変有名な文学者や哲学者が住んでいて、そういう人たちも含めた町のインテリの人たちが町を考える会をつくっている)ヘのコンセプトの説明会なんかはすでにしていたんですけれども、大変よく理解していただいて、反対が起こるような雰囲気はなかったんです。

ところが、地元への説明のときに、大変な状況があったそうです。私は最初の地元への市の説明のときは行っておりませんで、偶然藤沢市へ行っていた事務所の者がどんな感じか、助役さんについて行きました。「とにかく建築家は大嫌いだ」と叫んでいる人がたくさんいたらしいんです。私の案も非常に思いがけないもので、こんな特異なものをなぜつくるのかということのようでした。

早速、市のほうから、変更の要請がありました。私の計画案はほぼ敷地いっぱい(街区全体)にひろがる施設群を地下二層分のポリコームで埋めてあるわけです。アンダーグラウンド・ビルディングになっているのですけれども、反対している人たちの意見は、その部分を全部地上に出して、そして私がつくろうとしている民家集落のような小屋根群とか、プラネタリウムやシアターの埋まっている四つの球は空中庭園みたいにやったらいいのではないかということのようでした。

地上にビルディングのボリュームを残さないで、ヒューマンなスケールの人工庭園のようなものにしたいと考えてきた私としては、「そんなに簡単に結論を下さないでほしい、自分で説明に行ってみたい」と申し出ました。

このプロジェクトは複合施設でして、子供文化センター、公民館、シアターとか、あるいは区画整理事務所とか、市役所の出張所である市民センターとか、たくさんの施設が入っているものですから、そういう施設の関係者にも会いました。住民たちは施設全体が自分たちの住む都市に影響を及ぼす関係で、公民館を中心としてずいぶんと全体的な興味から部分的な興味まで持っていました。結局一五、六回行き、さらにほかの関係団体とも会ったので、合わせると数十回説明に行っています。

そういう会合に出向いて感じたのが、ちゃんとと自分たちの地についた生活をする人がいるということですね。巨大組織になりすぎた東京では生活をしている人の意見を反映させることはずいぶんとむずかしいけれども、地域の生活についてそういう人たちが主張をしている。たとえば公民館は、今度私のつくるので一三個目だそうですが、大変に生涯教育が発達していて、一三か所ではまだ少ないという。立派な体育室とか小ホールとかカルチャーセンター的な教室、陶芸室、音楽室などをたくさん持っている施設が、いつもフル回転で便われているわけです。それぐらい皆さんが活躍していて、そしてコミュニケートしている。

市民生活と社会教育が直結している。生活者のアマチュアイズムを聞き入れた行政がある。そして町は南北に非常に長くて、一番南には江の島があって、非常に伝統を重んじた生活をしている人たちがいる。湘南の海は首都圏の夏のレクリエーションの場所になっています。

海岸線は住宅地で緑が多い、かつての別荘地である。次は市役所を中心にした官庁街と商業地域があって、そして工業団地があって、さらに北では都市農業をやっている。

非常に明快にそんな区域が並んでいまして、いろいろなことをしている人がいるために、生活というものがちゃんと見える。そうすると豊かだなあということに結びつく感じがするわけです。

私たちはいままで、仕事場が東京にあるから東京に住む、とやっていたのですけれども、この町で初めて知ったことは、海が見えるところに住みたいから、ここでできる仕事をする、そういう人たちがいるのですね。これには新しい時代を感じます。もともと楽しい生活をするために働くのだから、考えてみれば当たり前のことですが、その当たり前のことをしている若者がいる。そして、できることをやっているのです。「星の村」で精神薄弱児とおいしい手づくりの野菜づくりをしている人、木工所の人、湘南劇場の人たちなどがいる。東京に勤めている人もいるのですが、さまざまな活動をしている魅力的な人たちがいる。一人でも魅力的な人がいるとみんな集まってくるわけです。

私の家の近くの西新宿周辺やオフィスのあるお茶の水も、みんなが「情報が集中しているすごいところだ」とかいいますが、生活している人間としてはそう感じない。情報が創造されているというよりも、流通していく、とり残されつつ流れているという気分がする。ちゃんと生活している人がいる町に行くと、そういうことをもっと強く感じますね。

プロポーザル・コンペティションということで、湘南台文化センターは特異な建築の入賞でした。この特異でコンセプチュアルなものを、このまちの人たちによくみてもらい、そして、ここで求めた「新しい自然」というテーマも共有してほしいと考えました。そのため、何度も多勢の人と集会を持ち、商業地域なので高いビルが建ち始めているこの地域に「新しい自然」を持ち込み、この辺一体の環境を決めていく指標となるような建築を考えていることを聞いてもらった、さらに、利用者の考えも出してもらった。地下二階のアンダーグラウンドビルについて、そして地上の公園としての建築、風景としての建築、といえるものに、集会を続けていくうち、相当の理解が得られていくのを感じました。

«前のページへ最初のページへ次のページへ»