アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
パンチングメタルという材料を、私はそれまではインテリアでは使っていました。さきほど申し上げましたように、インテリアはできるだけがらんどうであってほしいと考えてきたのです。しかし事務室とか階段室であるとか、仕切られているようで仕切られていないくらい軽く仕切る必要があることが多いわけで、そのことのためにパンチングメタルとかメッシュとか、あるいはわりとシースルーな素材がほしいということですりガラスとかをずいぶん使っていたのですが、ここへきて初めて外側の壁に積極的に使ったわけです。
内と外を仕切るような壁も、もっと日本の風土の中ではやわらかなもの、あるいは膜を張ったような、それぐらいの内と外の関係をつくりたいと前から考えていたのです。
私の事務所にいま、アメリカ人の青年がいます。彼は東工大の大学院学生のときに、「松山桑原の住宅」が見たくてヒッチハイクしていった。夜が明けてくると同時にふしぎなバイオレットになってきて、それからカメラを取り出して、フィルムをみんな使って夕日までずうっと撮っていたらしい。その写真は実に美しいんです。彼が一日感激して座り込んでいたら、クライアントがその熱心さに感動して泊めてくださったそうです(笑)。
私も行くたびに違うものを見る思いがします。新緑のころの芝生のときには反射して本当にグリーンになっている。枯木のころはアイボリーっぽい。アルミというのはステンレスのように鏡的にものを映すこともないし、スチールのようにストロングでもない、軟弱でやわな感じがしてきらいな人もたくさんいるんだろうと思うんですが、その軟弱さというか、吸収するような作用で、とても環境の中に溶け込めるような表情になる感じがあるわけです。
西沢さんが「そんなに単純な建築ではないよ」といわれたんですが、みんなには「単純だ」といわれていたのでよくわからないでずうっと保留していたんですが、彼、キース君のその写真を見たときに、この家は本当にいろいろな表情があるんだと思いました。まさに西沢さんのほうが、この外壁の色変わりに早々と気がついていらしたのかなあと思って、そういう意味だったんだと、勝手にとっているわけです。
その後も、私はパンチングメタルなどで、境界線に膜を張ることをずうっとやっています。ビスどめで非常にローテックなやり方をしていることに批判もあるようですが、住宅というのはこういう簡単な方法でいいと思っているところがあるのです。
工業用のステンレスの網なども、インテリアをルーズに仕切るための膜として、簡単にかけてあります。ステンレス網も相当細かくなるとシルクみたいにやわらかで、かたいとかいう圃定観念は崩れるものです。家具のとぴらにも、パンチングのほかのかたちのもののをできるだけ導入して、ショールーム化を図っています。「徳丸小児科」で、徳丸先生が外国で生活をしてきた関係で、ぜひ石の床ががほしいということで、そこに床暖房をして使用しました。これは「松山桑原の住宅」でも同じです。そのために、冬の日中は太陽熱を蓄熱利用しようということで、非常に日当たりがよくなっています。あるいは風をよく通るようにして、夏は床面をはう冷気で大理石が冷えるようにということ考えています。
私は室外と呼ぶスペースをよくつくります。ビルのときには空中テラスと呼んでいます。ユーティリティ兼外のダイニングみたいにしてつくっています。特に「徳丸小児科」では朝食は必ずそこでとるとか、夏でも冬でも朝の空気をそこで吸うとか、「青野ビル」では宴会が大好きな家なので、食事をはしごする場所のひとつの部屋という感じで、,家の中を飲み歩くときのひとつの場所に使っているんです。そのころ東京のマンジョジに事務所があって仕事しているときで、徹夜して仕事場に泊まっちやうとその日雨が降ったか、寒いかどうかも知らないままま過ごしているのに驚きながらいた時期だったので、そんなことがたまらなくいやで、松山へ行っては外の部屋をつくりたくて、どこの家にもこんな外室があるわけです。でも地方では本当によく使うことができるようです。
「小山の住宅」です。これは本当に膜を張るという感じです。東京の下町の商店などで、のれんというか、日除けの布が石でとめられているのがありますけれども、そういう感じにパンチングメタルを使っています。クライアントは、大屋根の民家があったらそれを買おうと思っていたらしいんですけれども、この辺の民家は三階建てで上にしゃちほこが載っているような御殿が多く、本人が目指す民家がないために、「一個の大屋根を持っている家をつくってほしい」という注文で始めたものです。「松山桑原の住宅」を見て、石の張ってある部屋もぜひつくってくださいということで、一部屋だけそういう部屋もあります。その部屋は、サンルーム風です。
ほかの部屋は全部床はフローリング張りなんですが、ここだけ大理石を張って、温水を流す床暖房をしています。冬はテントが全部巻き上がります。そして大きなケヤキも枯れ木になりますから太陽が相当入ります。昼間の太陽で床に熱が蓄熱されます。そして夜になると全部閉めてしまうことで、床暖房の補強に熱を使う。夏になりますと、芝生が床の高さぐらいに伸ぴますが、そこに水を打つのです。
そしてケヤキも日蔭をつくってくれるわけで、低い開口部を開けますとさわやかな冷たい風が入ってきて、北側に抜けるので、床面を相当冷やしてくれます。パッシブな冷房ができる。全く「松山桑原の住宅」と同じやり方なんですけれども、家具なんか置かないで遊戯室的になっております。後日、本人から手紙がきて、「こんな快適なことはない。全部の部屋をこうすべきであった」というようなことでした。
「NCハウス」という賃貸アパートがあります。新宿西口の超高層が、一階以外のどの部屋からも見えるようなところに建っています。北側の通路部分もパンチングメタルでパッケージしております。
地価が高いために、法規ぎりぎりに建てなければならなくて、ジグザグになっているのも、窓先空地を対角線に取ろうなんていうことを考えてこんなふうになってしまいました。ここでもやっぱりいまのところまだほかの素材がないので、とりあえずパンチングメタルでパッケージしております。
バルコニーにも、トップライトにも使っています。パンチングメタルを通す光というのは、時間によって楕円形にもなるし、真っ正面から当たれば丸くなるし、当たり方によって違う小さな粒々になったりします。一日ここで過ごしますと時間の変化を感じます。
「富ケ谷のアトリエ」という小さな貸ビルです。地下が一層あり、地上一階がエントランスとショールームで三階はアトリエになっています。地下を取ったために、大体三層ぐらいしか建たない区域ですからこれで床面積いっぱいで、できるだけ天井の高いアトリエをほしいというのが、決まっていたテナントからの要求であったので、敷地一杯に建つ最高の大きさになっています。
これも「NCハウス」と同じで、不動産屋さんから、コンクリートとチャコールグレーのスチールのサッシュが入った建物をほしいと要求されました。私がパンテングの膜を張ったとたんに「何とかやめてほしい」と、持主やテナントからいわれました。建物のボリュームだけのコンクリートをできるだけ合理的に打って、できるだけ大きな開口部をつくればいい、それだけの建築がファッショナブルで良いと思い込んでいる。
私は、東京で建築を考えるときは東京の既存の風景の中に同化するような建築をつくるよりも、その上に何か別なものをヒョウヒョウと漂うように、既存の地形の上に別の新しい風景を重ねたいと考えている。
そこで施主に、これはいかに仮設かということで、パンチングメタルがビス止めであることを話し、未完成だというイメージでクレーンを埋め込みますといって、冗談のようにクレーンを埋め込んでしまいました。それがシンボルマークになりました。階段になっていてメンテナンスに使っているようです。最初は大きな開口部で外を見て仕事をしたいなんていっていたクライアントも、最近は、「月とむら雲」のこのファサードのパンチングメタルを通しての不思議な外界とのつながりに面白さを感じ始めているようです。