アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
いつでも建築がつくられる現場というのは、その敷地が持っている特異性があり、クライアントのそれぞれの考えもあるわけですし、土地が持っている歴史もクライアントが持っている歴史もそれぞれ違う。私は七○年代に篠原研究室にいながら、一年か一年半かけて小さな家を一つずつ設計してきて、本当に人間というのは一人ずつ違う考えと生活観を持っていることを確認させられました。今度藤沢へ行ったときも、一人ずつ発言するときそう思って聞いていたんです。私の建築は私の考えをすべてとする建築ではないことを知って見ていただきたい。この大阪で皆さんがやっている仕事の参考になるやら何やらわからないのです。ただひとつの例として見ていただくわけで、きらいな人もいらっしやるでしょうし、本当に自由に、そういういろいろな条件でいろいろできるんだということを確認するみたいにして、見ていただけばいいんです。
私は、さきほどもいいましたように、クライアントとの共同作業みたいにしてやっていますから、同じようなものはなかなかつくれないわけです。ただ同じ素材が出てくることになるのは、前につくったものを見て、そういうものをつくってほしいという依頼が八○年代ぐらいから出てきているものですから、アルミのパンチングメタルがたくさん出てきたりしているわけです。それ以前は、大体木造の住宅をやっていました。私は住宅が木造であることがとても日本の風土に合っていて、そのほうがやわらかな空間ができると思い込んでいたものですから、「緑ケ丘の家」以外は木造か鉄骨造です。「緑ケ丘の家」は、クライアントが何としてでもコンクリート打放しの家をほしいということだったんです。
私が事務所をつくって一年ぐらいして「徳丸小児科」ができて、その家を見てぜひつくってほしいということでやったのが「松山桑原の住宅」です。初めて作品的に設計するかたちになったものではないかと思います。
北側は隣地の境の塀で、東の道路側だけが道路に面しています。三方が道路で西側に下るようにスロープになっていて、道路と反対側の西側は一段下がって、地下室がグランドラインになっています。そういう意味で東側の平屋の部分だけが道路に接するのです。接する二辺だけがコンクリート造で打放しになって、あとは鉄骨構造と混合した構造になっているのです。
もともとこのクライアントは、鉄や非鉄などを扱っている建材会社の社長さんでして、私が「徳丸小児科」でクリニックはコンクリート、その上にある二層分の住宅部分は鉄骨でつくって、相当断熱材を入れてつくったところ、そういうことを十分にやっていない地域らしくて、非常に冬暖かくて夏涼しいと好評で、クライアントが「自分の仕事である鉄骨を生かしてぜひつくってほしい」ということでした。このクライアントの夫人が、建築家の打放しコンクリートの作品の写真を持ってきて、「私はこのテクスチュアが非常に好きだ」というような話があって、夫婦で鉄骨だ、コンクリートだといい合っていたんです。それでどうしても両方使わなくちやいけなくなりまして、こういう結果になっています。
でも、コンクリートというのは夫人には貧しいものにだんだんなっているらしい。なぜかというと、できてすぐ日蔭が必要だということで、南側に大きな雑木をいろいろ植えました。そうしたら、植物とこの家とが大変よく合うとわかりまして、夫人はその後愛媛大学に研究生で行って植物のことを、土のつくり方から学び、いろいろと次々にやり出したんです。
あるとき、西沢文隆さんに松山の仕事を見ていただく機会があって出掛けました。大きな開口部が北側にも風通しのためについているのですけれども、そのコンクリートの塀のところに、前から私はツタとかツル植物を植えるんだといっていたんですね。その日、ここのクライアントからぜひそれをすすめてくださいといわれた。そのころ、松山の山に行くとムベの棚とかが一年中青々としていていいなと思っていたので、「ムベの棚をつくりましょう」と申し上げたら、西沢さんは「それはよくない。この建物は単純なものではなくて非常に複雑な感じがある。ぜひ植物もいろいろなものを植えるべきだ。ツル植物には北面に強いものがたくさんあるから多種類のものを植えるのがいちばん合う」とおっしやった。
その意味がそのときはわからないままに、ここの奥さんがすぐ実行しました。そのために、いま北側の塀はもう見えなくて、ほとんどのツル植物で埋まっています。さきほどの道路側のコンクリートも少し消したいということで、そこにも綱を張って植物を植えています。いまは花や実のなる植物が四季の変化を演出する大生花となって建物を覆ってきています。
呉の建築家の人たちが数日前に訪れたときに、「建築雑誌で見るより俄然住宅らしくなっている」とおっしやってくれましたけれども、私も、いま八年目だそうですけれども、あと二年ぐらいしたらもう一度発表してみたい。住宅というのはできたときではなくて、時間をかけて住み手が自分の住む環境としてつくって初めてでき上る。どうも設計されてつくり上げられるとすぐ建築雑誌に出るんですけれども、時間をかけてつくるような方法が必要なんではないかとつくづく思うわけです。
この家も、竣工したときに撮った写真は硬質で、まるで研究所みたいです。もともとそういう部材でつくっているのだからいたし方ないのですが、ずいぶんやわらかな雰囲気を漂わせるようになってきています。