アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
M2はプロジェクトそのものがたいへんユニークな形でスタートしています。自動車会社のマツダが、いままでのマツダをM1として、いままでのM1でできなかったことをやろ会社としてM2をつくろうとしたわけです。いままでの大組織にできなかったこと、大組織の人間が、私流の言い方をすればダムボックスという大きな箱の中に閉じ込められてデザインすることからは生まれなかったクルマづくりをしようということなんです。イタリアのカロッツェリアのような、小さいクリエイティブな集団でものづくりをしていけば、いままでと違う種類のクルマができるんではないか、そういう会社をつくろうという意図がまずありました。私は比較的早い時期から相談を受けて、彼らの考えを聞くにつけ、それは私が考えている二項対立の解体と同じことなんじゃないかと思いました。
最初に考えたことは、クラシックなモチーフとガラスの箱を組み合わせて解体しようというストレートな発想でした。ガラスの箱がワーキングスペースになっており、自動車のデザイナーや企画の人間がそこで仕事をしている。その片方には、そこでデザインされたクルマを見せるスペースがある。そこには普通のクルマのショールームとは違った大空間が用意されており、ある種のミュージアムのような空間でクルマを見せる。また、見せるだけでなく、ここを訪れた人間が、ワーキングスペースにいる人間を呼び出して話ができるようにしよう。要するに「このクルマをつくった人と話がしたい」と指名することができるという、作り手とユーザーのインターフェースが、実はこれまでの、クルマづくりの中にいちばん欠けていた部分ではないか。いままではダムボックスの中に閉じ込められて、インターフェースに接することが、という思いから、こういう形式が生まれてきたわけです。
マツダとしては、最初は私の提案にびっくりしたわけですが、このプロジェクトの担当者がユーノス・ロードスターの開発担当者だった人たちで、大変積極的な考え方をしてくれたおかげで、私のアイディアが最後まで通せました。
M2ではクラシックなモチーフをいろいろなところで使っていますが、クラシックなモチーフを普通のサイズで使うことは止めようと最初に決めました。つまり、クラシックなモチーフをリアルに使わないということです。クラシックなモチーフををリアルに使うことはメルヘンにすぎない。クラシックなモチーフをいかにフィクションとして使うかということがテーマとなりました。
たとえばイオニア式の柱を極端に変形し、巨大化して建物中央に使っています。イオニア人は非常に面白い人種で、ギリシャ人の中ではいちばん東方に近い、いまでいうトルコ辺りに生活し、西洋的なものと東洋的なものの交流をしていた人種です。そうした人種が生み出した柱がこのイオニア式の柱で、柱頭部分もギリシャの柱の中では非常に抽象的なスタイルです。他のコリント式などの具象的な形に比べて、幾何学的なスパイラルで作られています。そういうなにか不思議なセンスを持っているイオニア人が、まさに二項対立の媒介者のシンボルとして最適ではないかと考えました。
頭注部分は建築法規的には全くの工作物扱いで、本体と縁が切れた看板的なものです。柱頭はコンクリートの型枠でつくって、その上に石粉の吹き付けを施しています。日本の型枠の技術があったからこそできたものです。外人はほとんどの人がプレキャストだろうといいます。現場打ちのコンクリートでここまでの型枠をつくる技術は世界でも日本だけだろうと思います。
柱頭については、人によっていろいろに見られています。車輪という人もいれば羊の角という人もいます。羊の角というのはそれほどはずれてない意見なんです。実はイオニア式については二説あり、さきほどのイオニア人は幾何学的なもの、抽象的なものが好きでこういう形ができたという説と、羊を飼っていて、こういう柱頭のデザインが生まれたという説があります。だから羊に見えてもいいわけです。 北側に向けて斜めに下がる壁面にはギリシャのクラシックなモチーフの中のコーニスの部分を拡大・断片化して使っています。
M2を計画している間中、私の頭の中には、アドルフ・ロースが1922年のシカゴ・トリビューンのコンペに出した案がずっとありました。当時はロースの提案は全く評価されず、省みられることもなかったのですが、これは私の好きな建築の一つです。どうして好きかというと、これを装飾と判断するか、抽象と判断するか、全く判断のしようがないところが面白い。ロースは元々「装飾は罪悪である」といっていた人ですから、そういう建築家がどうしてこんな案をつくるのか、と当時もたいへん不思議がられた提案だったわけです。彼はそのときに、装飾のスケールを変えることで装飾を抽象にまで高め、都市の持っている美学と反都市的な不透明な美学を彼なりに解体したのではないかと私は思うわけです。
もう一人、この計画中に興味を持っていた人物にピラネージがいます。18世紀末にそれ以前の「古典的世界」というクラシックな全体性の解体を、廃墟化と断片化によって表現した建築家です。私は、M2を「新建築」に発表するときに「電子時代のピラネージ」という文章を書いたのですが、ピラネージがクラシックな世界の解体を表現したように、私たちもまた一つの大きな解体の時代にいる。さきほどからの言葉でいえば「メルヘンがリアルだった20世紀からメルヘンがフィクショナルに移行する21世紀を目の前にした解体の時代にいる」という意味で、ピラネージが18世紀に表現した時代と共振しているといえるんではないかと思います。
建物は環状8号線という非常に交通量の多い通りに面しています。環状8号線は一般道路と構想道路の中間のような不思議な性格を持った道路です。そういうクルマの移動する速度に対応した形態ということも、当時頭の中にありました。ロバート・ベンチューリは「ラスヴェガス」という著書の中で「ラスヴェガスの看板的な建築のつくり方は、クルマの速度に対応している」ということを書いていますが、M2も環状8号線のクルマの速度に対応した形態になっています。実は、最近この近くでよく事故が起きると問題になっていて困っております。環状8号線は右折できるところが少ない通りなんですが、この少し先に右折箇所があり、そこで右折車が呈ししているときに建物に目を取られたクルマがノーブレーキでそのクルマに突っ込むという事故が続き、マツダの方がたいへん心を傷めているということです。
建物正面の左側のカーテンウォールの部分は、アルミでなくシリコン・ガスケットで止まっており、ガラスの透明性を強調しています。つまり、透明性の美学と不透明性の美学をラディカルな形でぶつけたい、という意図を表現しています。シリコン・ガスケットはまだ日本ではできなくて、イギリスのものを輸入して使いました。そこからバルコニーが飛び出しています。バルコニーの形状はレオニドフというロシア構成主義の建築家のモチーフの引用です。
ガラスの箱の上に載っているのは高速道路の遮音パネルですが、このような都市のヴァナキュラーなエレメントを建築上に呼び出してきて使っているわけです。
「呼び出し」というのはコンピューターでもしばしば使う言葉ですが、画面上にエレメントを呼び出す、その呼び出すエレメントの自由さが、現代における解体のイメージではないか、単に壊すことではなくて、あらゆるエレメントが即座に呼び出せる世界こそが、現代の解体のイメージだろうと思います。ここではスケールの変更、テクスチュアの変更などを自由に行ってクラシックなモチーフを呼び出しています。また、テクノロジーのエレメントも自由に呼び出す。それは単に建築的なエレメントに限らず、土木的なエレメントまで含めた幅広いエレメントを自由に呼び出すという風に考えました。そういう多様なものを呼び出す画面が実は建築ではないか、という考えがこの計画の中から生まれてきました。
そうすると、それまでのフィクショナルという概念が私の中で少し変わってきました。「マイトン・リゾート」や「RUSTIC」の頃には、表層性とか断片性を通じてフィクショナルな世界をつくろうとしていたわけです。ところが、呼び出しの自由さはフィクショナルではなくてインタラクティブネスじゃないかと思い始めたわけです。インタラクティブは相互的なということです。こちらが何かをすれば応えてくれることです。単にリアルなものを映像に変換するという意味で、テレビはフィクショナルなメディアです。それに対して自分が呼び出し、かつ呼び出したものの変換が自由にできる、という意味でコンピューターゲームはインタラクティブなメディアです。テレビも最初は刺激があったんですが、一方通行のフィクションはすぐに飽きてしまう。それを越える世界がインタラクティブの世界ではないだろうか、とM2ををやっている間に考え始めました。
M2の場合は、それぞれのクラシックなモチーフのエレメントに奥行きがあり、陰影があります。「マイトン・リゾート」や「RUSTIC」ではわざわざ奥行きをなくして表層的にしていたのが、M2では逆にリアルといってもいいぐらいのデプス・奥行きがある。それはフィクショナルな世界からインタラクティブな世界へと、次第に自分が変わってきたからだと思います。
カメラマンの藤塚光政さんは「この建物は移動するクルマから撮った写真じゃないと伝えられないよ」といって、そういう夕景を撮ってくれました。
巨大な柱の内部は、中央にエレベーターが入ったアトリウムになっています。普通、エレベーターは機械室を上に持ってくると上から光が入らなくなるため、機械室を外側にだし、ワイヤーを横に引いています。エレベーター自身は見せることを前提にするとどこかのホテルのようになってしまうため、普通の規格型のエレベーターのあまりきれいじゃない臓物をわざと見せています。真ん中の手すりの下のスパンドレルには、高速道路の遮音板をここでも使っています。私自身はこの内部空間を気に入っています。
内部はまさにピラネージ風の廃墟が作られています。クルマを置く展示台も無限階段状です。ここでは、既存のマツダ車をベースにしながら、既存のクルマに手を加えていって、ここだけの手づくりのクルマをつくり出すわけです。たとえばユーノス・ロードスターにV6・3?を搭載しているというクルマもM2で開発しているところです。それらを限定百台とか二百台とかつくって売っていこうというシステムです。
二階のホールはミュージアム・スペースにしてクルマを見せるスペースです。天井は非常にクラシックな格天井のエレメントを斜めにかしげたものです。クラシックなエレメントが漂白され、希薄化された形で抽象的な空間の中にばらまかれています。左手の階段は飛行機のタラップです。いろいろなものを呼び出してくるという意味で、実際にJALの子会社に制作を依頼して作ったものです。油圧で簡単に折り畳めてどこにでも移動できる階段です。これは、非常に現実的な理由からなんですが、ここは階段をつけるとそのための防火区画が必要になる部分で、そうなると天井からシャッターが下りてくる。しかし、ここはシャッターを下ろしたくないため、建築確認上の階段でないもの、家具ということで、建築確認の後で可動性のある階段として据えつけたものです。