アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
「諏訪のセカンドハウス」も延床面積はほぼ同じくらいの小さい住宅ですが、敷地が「大田のハウス」とは全然違い、長野県の小淵沢、山梨と長野の県境を長野側に入ったところにあります。八ケ岳の麓で、標高が1,000メートルくらいのところです。お隣さんというものがなく、ある意味では理想的な敷地です。防風林があり、ずっと見渡す限り牧草地。お施主さんは僕の母の古い友人で、今年70歳。竣工した7年前は63歳。東京に家をお持ちで学校の先生をされていたのですが、ちょうど退官されるということで、セカンドハウスとしてここに住まわれることになりました。
「諏訪のセカンドハウス」は三角屋根ですが、なぜ三角かと言うと、ものすごく遠く、1キロメートルくらい先からこの住宅が単独で見えるからです。それくらい遠くから見られるということは、普通の住宅地ではちょっと考えられないことです。そこで、1キロメートル先から見た時も一瞬で住宅だと分からせるにはどうすればよいかということを考えました。その結果三角屋根は立体としてもきれいですし、よいのではないかということで、このボリュームにしました。色はグリーングレーです。なるべく周りに馴染むような色にしています。これは人工のスレート材で、ところどころに設けた開口は、ガラスの嵌め殺し窓です。内側はダブルスキンにしています。積雪量はそれほどでもないのですが、吹雪が多い地方なので、中にヒーターを入れて、吹雪の時でも夜間でも、凍結しないようにしています。
中は単純な木造平屋ですが、大きさと仕上げの違う部屋が七つあります。どの部屋も、その部屋を使っていると出てくるもの、お施主さんの持ちものや家具等に合わせてデザインしています。南側のテラスに出る窓は、外から見ると少しずつ色が違いますが、これは屋内の色が違うからです。雨戸は半透明のFRPでつくっています。吹雪の時に閉めても、ある程度の光が感じられるようにしています。
お施主はクリスチャン、無教会派の方で、家庭集会をされます。このため10人で料理ができるキッチンが欲しいという条件があり、気積の大きなキッチンをつくりました。この部屋の内装は赤茶色ですが、これは、お施主さんの持っていらっしゃるキッチンのオブジェの色、つまり食器などを見せていただいて、それに合わせた結果です。
広間にはいろいろなものがあります。テーブルのみ僕がデザインしましたが、ほかはすベてお施主さんが持っていたものです。椅子について言えば、数は七脚、デザインは四種類。お施主さんのお父様が使われていたものをずっと持っていて、それをどうしても使いたいということでした。そのほかスタンドや引き出しにも経緯があり、使いたいとおっしゃいます。また、集会をしますから聖書台やオルガンがあって、それに付属した猫足の椅子もあります。
こういった既存のものは、必ずしもデザイン的によいものとは言えません。明治期に盛んにつくられた洋家具のフェイクのはしりです。ですからちょっとデザイン的にはたどたどしいものです。そのほか民芸調の椅子もあったりします。しかし、それはお施主さんがずっと大事にされてきたものですから、それを使い続けるための部屋をデザインしました。おそらく明治期の洋家具の特徴だと思うのですが、なぜかすべて焦げ茶色なのです。そのため、この部屋の内装は焦げ茶色にしました。壁も床も、梁もそうです。スチールの梁があるのですが、それも焦げ茶色。梯子がありますけれど、それも焦げ茶色。ストーブも焦げ茶色で、ストーブの足下の大理石も焦げ茶の縞目にしたのです。唯一焦げ茶でないのは開口のみです。
ここまですべてが焦げ茶色に染まっている部屋というのは、存在しないと思います。この部屋に入ると、天井高がさほどあるわけではないためか、焦げ茶色の闇に包まれたような感じになります。蛍光灯はつけていません。セカンドハウスだということもあり、なるべく外の気候を感じられる家にしましょうということになったのです。毎日蛍光灯をつけていると東京の家と変わらないので、天候に関わらず明るくなるよう開口部を設け、べース照明をなくしました。暖炉の火や手元灯などで暮らすことに対しては、お施主さんも喜んでおられます。
小屋裏があるのですが、その内部を黒くしているので、小屋裏を介して室内に下りてくる光線自体が焦げ茶に染まっています。紙を机の上に置いたりすると、ちょっと焦げ茶色になります。ですから聖書のぺージも焦げ茶色に染まっていて、紙屑を床に捨てると、それも焦げ茶色できれいです。あまりにも焦げ茶なので、すべてが焦げ茶色に染まる。これはなかなかおもしろいと思っています。持ち込まれるものすべてが、焦げ茶に見えるので、室内にすぐ馴染んでしまうのです。僕は一年に一回くらい、この部屋に行くのですが、焦げ茶色の闇に包まれる感じは今も変わりません。
小さい家は暮らしていると、いろいろなものが目に見えるところに出てきます。普通はそれに対して、片付けないといけないと思うわけですが、片付けるということはつまり見苦しいわけですよね。けれどもこの家の場合は、ちょっと散らかっていてもきれいです。あまりにも焦げ茶色なので。その意味でも、これは今まで存在しなかったスペースだとひとりで主張しているのです。認めてくれる人は少数なのですが。
とても焦げ茶が多いスペースで、お施主さん自身もアースカラーの服をよく着ていたりするものですから、空間に馴染んでしまっています。普通、空間という時に、建築の場合は床、壁、天井を単位に考えると思うのですが、僕がイメージしているのは、そこに生活しながら出てくるありとあらゆるもの、既存の家具とかカレンダーとか置きものとか、雑誌、ゴミ、あるいは人、そのスペースに出てくるあらゆるもの、それらをすべて含めてデザインできないかと考えているのです。この部屋は、お施主さんがそういう明治期の洋家具ばかり持っていたとか、蛍光灯をなくせるような環境にあったとか、特殊な条件ではあったのですが、少なくともこの部屋は、それができたと思います。あたり一面焦げ茶色に統一ざれる感じは、ちょっと魔術的でもあります。 ちなみに小屋裏を介してトップライトの光が落ちるのですが、暗すぎる時の場合に備えて、小さいクリップ照明だけはいくつか付けてあります。