アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
妹島スイスには連邦工科大学がふたつあって、ひとつがドイツ語圏のチューリッヒ校(ETH)で、もうひとつがフランス語圏のローザンヌ校(EPFL)です。このローザンヌ校のキャンパス内に、2009年の暮れに完成した建物が、「ROLEX ラーニング センター」です。
2004年に国際コンペがあり、新しい学びの場の提案が求められました。敷地は既存のキャンパス前の駐車場です。既存キャンパスは1970年代にできたもので、廊下に対して部屋が並ぶ、いわゆるスタンダードな教室型の校舎が反復するシステムの建築でした。部分の集合で全体が構成されているような風景の中で、中心を感じられる空間として、図書館やシアター、オフィスなどを含む複合建築を考えることにしました。
「金沢21世紀美術館」が大きく水平的に広がる構成だったこともあり、最初はそれとは違う垂直の関係でつくることを考えて、モニュメントのようなタワー状のものも検討しました。でも、タワーだと図書館やカフェなどがすべて別々の階になってしまって、それぞれの機能を横断する交流がなくなってしまいます。やはり床を積み上げていくようなことではなく、なるべく同じレベルにした方が自然なコミュニケーションが生まれるだろうと考え、最終的におよそ166×121メートルのすごく大きなワンルームをつくって、機能がネットワーク状に関係し合い、みんながワンルームの中で一緒にいられるような中心的な雰囲気をつくろうと考えました。街の中心広場のような場所を、建築空間としてつくろうとしたのです。
「金沢21世紀美術館」は、フットプリントの大きな建物だったので、人がいろいろな方向から入ってこられるように、玄関を複数つくりました。どこからでも入れる、表裏がない建物にしようとしたのですが、実際は、美術館のエントランスロビーと券売所が館内に一カ所なので、いちばん遠くで建物に入った人は、建物を延々と横切ってようやくエントランスにたどり着くことになってしまいました。美術館入り口に近い玄関は表っぽくなり、遠い玄関は裏っぽくなって、やはり表裏がありました。「ROLEX ラーニング センター」では、ただ水平に広がるだけのワンルームではなく、床面を持ち上げることで、人びとが建物の端から入るのではなくて、建物中央から入るという動線計画にしました。また、大きなワンルーム空間の中に適宜中庭を設けて、空間を柔らかく分けています。
建物は一層ですが、シェルとアーチを組み合わせた構造で各辺が部分的に持ち上がっていて、その下を抜けていろいろな方向から建物の中心にまでアプローチできます。また、建物の下を通り抜けてそのまま既存のキャンパスまで横切って入っていくことも可能です。たいへん大きな建物ではありますが、キャンパスの動線上邪魔にならないものにしようと、また、キャンパスへ向かう途中で建物にも自然に入っていけるようにしたいと考えました。
西澤一部が持ち上がっていって、人びとは建物の下を横切っていくこともできるし、中に入っていくこともできます。スロープ的な持ち上がり方が、内外の連続感や透明性をつくり、街とキャンパスが連続していきます。また、建物をくぐって真ん中にアプローチすることを可能にしたので、真ん中にメインエントランスを設け、建物下のオープンスペースをエントランス広場にしました。内部では動線をなるべく単純化するために、エントランスから放射状に目的地に向かうように計画しました。基本的なアイデアとしては、壁で仕切らない、壁のない建築を目指しています。天井と床が平行に走るので、高いところではなだらかに下がる天井によって視線が遮られ、低いところでは上がっていく床によって視線が遮られます。天井と床の起伏によって生まれる地形が空間の距離を生み出します。
妹島普通、中庭というと、外から切り離された、建物に囲まれたような場所ができるのですが、ここでは建物が上がっていくので、庭はそのまま外へと繋がっていきます。半分開いた中庭になって、閉じたような開いたような中と外の関係がつくれるのではないかと考えました。
西澤機能に合わせて地形をつくっていて、傾斜のあるところに階段教室をつくったり、谷になるところはカフェなどの溜まりとなる機能を置いてます。機能とかたちが相互に影響し合いながら空間を構成していくような関係です。
妹島このワンルーム空間には、小さな丘と大きな尾根があって、それらが建物の中を横切っています。それによって三つの場所がつくられて、そこをまた中庭で柔らかく区切っていきます。ワンルームの平屋でありながら二階レベルに達する起伏があるので、空間を分けることなくレベルを横断して建物内のさまざまな場所にアクセスすることができます。真ん中がメインエントランスで、その周りにカフェやフードコート、オフィスや銀行の出先機関などがあります。南西側に降りていくと多目的ホールがあって、北側に上がると大きな丘のいちばん奥に静かなライブラリーがあります。尾根を上がっていくと南側にレストランがあって、アルプス山脈やレマン湖を見渡す眺望があります。北東側に降りていくと、奥にリサーチセンターとオフィスがあり、グループワークのためのスペースもあります。壁がなく空間が連続していて、床が上がっていくと天井も上がりますが、下を見ると天井も下がってくるので、ずーっと空間がどこまでも続いていることを感じることができます。いろいろな場所から人がばらばらと入ってきて、中を歩き回るとさまざまな場所や人との出会いがあり、コミュニケーションが生まれます。
こうした起伏のあるワンルームのかたちは、エンジニアの方々との協働で実現しました。構造家の佐々木睦郎さんが構造コンセプトをつくってくださり、それに基づいて設計していきました。いくつも模型をつくっては、佐々木さんのコンピュータプログラムで解析して、かたちの変更を繰り返しました。でもコンピュータだけでなくやはり、佐々木さんの勘と経験と、われわれ側のこうしたいという要望と、双方のやりとりで、起伏などのかたちは徐々に調整されていきました。中庭をつくったのは、構造の重さを減らすためでもあります。また、空間的なプランニングのためでもあります。
環境面では、自然光だけで明るい空間をつくることと、暑い時にレマン湖からの風を取り入れることを考えました。風が速すぎてしまうと不快に感じるので、外気の風をゆっくり内部に入れられるかがひとつの挑戦でした。ある温度になると、コンピュータ制御で換気窓の扉が開いて冷たい空気が入ってきて、高いところのトップライトから抜けていく仕組みになっています。
それから、音がもうひとつの大きな課題でした。大きなワンルームの全部の場所が均一に静かだったりうるさかったりするのは困るので、フードコートはがやがやと賑わって、ライブラリーに行くと静かになるように、いろいろなエンジニアの方のシュミレーションの結果を見ながら、床と天井の勾配と庭の位置、素材と仕上げの切り分けで調整していきました。
西澤この建物の床はアーチとシェルの中間のような構造です。床が持ち上がるところは、人を招き入れるように大きなスパンにして、最大で80メートルくらいのスパンがあります。北東側の建物が地面に降りてくるところは、サブエントランスになっていて、中央のメインエントランス側に行かなくても、日常的にここからオフィスに出入りできるようにしています。対角の南西側に降りてくる多目的ホールでも、イベントの合間に外に出てまた中に入ることができます。いろいろなところで外と繋がれるようにしています。
ランドスケープ的な建物で、三次元的にカーブしていって、一階と二階が繋がります。エントランスとその横のカフェから上がっていく丘は学生が駆け抜けていく普通の坂道なのですが、反対側にはレストランの業者の人が重い荷物を運んでいく、いろは坂状の折り返しの坂道と、電動トロッコが館内を走っています。すべてのレベルにあらゆる人が行けるようになっています。エントランスホールから丘を見ると、丘の向こうにオフィスがありますが、こちらからは見えず、向こうの存在には気が付きません。でも丘を登っていくと視界が開けて、丘の向こうに別の学科で活動している人の様子を見ることができます。自分が望めばどこまでも歩いていくことができます。自分が働きかけることで発展していくような建物です。
建物の中央部分に立って周りを見渡すと、中庭の向こうが見えるだけではなくて、中庭を通して建物の外の、キャンパスや湖までも見えます。大きな建物ですが、中央にいても外と直接繋がる開放感があります。それは、ランドスケープ的に上下することで可能になる開放感です。キャンパス側から見ると、キャンパスのメインストリートと連続するようなかたちで建物が大きく開いて、アーバンスケールの空間に入っていきます。地面がそのまま隆起していくような、外と地続きの建築を目指しました。