アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
西沢今日お話する最後のプロジェクトです。「ルーヴル・ランス(2012年)」という、パリのルーヴル美術館の別館です。敷地はパリではなく、パリの北駅から北東に1時間ほどのところにある、ランスという小さな街です。この街はかつて炭鉱で非常に栄えたところで、ぼた山やトロッコの軌道など、今もいろいろな産業遺産が残っています。元もとは炭鉱都市でしたが、1980年代に炭鉱が閉山[注5]して、街が雇用を失って失業者があふれることになり、それがランスの、ひいてはフランス全体の大きな社会問題になりました。そういうわけで、この街はフランスで2番目に貧しい街とすら言われていたそうです。
これは、この街で産業遺産が残っている、多角形の不整形な丘に美術館を建てる計画です。ルーヴル美術館とフランス政府がここを別館の敷地として選んだということは、美術館の計画だけではなくて、地域再生、都市再生の起爆剤という大きな課題も背負っているプロジェクトだと、われわれは理解して臨みました。
設計していく上で大きな問題となったのは、ひとつは、ランスという街の歴史、街の風景にどうやって連続させるかということ、もうひとつは、ルーヴル美術館別館という特別なものをどう考えるかということでした。
妹島この街は、2012年にユネスコの世界文化遺産に指定されたノード・パ・ド・カレー地方の炭田地帯に含まれていて、炭鉱のたて抗(シャフト)や、カバリエと呼ばれる起動土手跡のラインがたくさん残されています。掘った土が積み上げられて、敷地全体が周りより5〜6メートル高い丘になっていて、そこからだんだん街へと繋がっていくようなスロープ状の敷地です。
この敷地を取り囲む煉瓦づくりの低層住宅の街並みは、私たち日本人からするととてもきれいだと感じるのですが、元もと炭鉱で働いていた労働者用の住宅地なので、地元の人にとってはいろいろと複雑な思い出があるようです。そういう地域の敷地で、なるべく建物が周りと調和するように、丘に沿って建つようなつくり方をしたいと思いました。最初に考えたのが、平屋の建物が長く連なっていくエレベーションです。敷地の建物の端と端で3.5メートルくらい高低差があるので、その上にまっすぐ平らな床をつくろうとすると、造成することになり、飛行場のようになってしまうと思いました。そこで、屋根全体を片流れにして、床も少しずつ傾斜させながら高低差を埋めることで、この場所に馴染ませるようにしました。
西沢平面的には3万平米を超える規模なので、そのままでは非常に大きなボリュームになってしまいます。雁行させて空間を分けることでスケールを小さくし、ひとつひとつのボリュームを周りの地形に合わせて少しずつカーブさせ、敷地に馴染むようにかたちで建てています。断面を注意深く見ると、少しずつ緩やかに上がっていくのが分かると思います。分割して雁行させた5つのボリュームのそれぞれが地形に沿ってダイレクトに置かれます。真ん中がエントランスホールとカフェ、チケット売り場などがあるパブリックゾーンです。
北西側に企画展示室と劇場があり、南東側に常設展示室があります。更にその先に「ガラスパビリオン」という、街の風景を見たり、ルーヴル美術館が最近始めている現代美術の展示をしたりする展示室が、常設展示室の先に並びます。
妹島南東側の常設展示室には「時のギャラリー」という名前がついていて、紀元前4千年前から19世紀半ばまでの、約6千年間にわたるルーヴル美術館のコレクションを時系列に見ることができる空間、というコンセプトが提示されていました。というのも、パリのルーヴル美術館は大きすぎてなかなか全体で理解できませんし、それぞれの部門が切り離されてしまっています。このルーヴル・ランスで初めて、8つある部門の各キュレーターが話し合いをして、たとえば絵画と彫刻を一緒に展示するなど、新しい試みが行われています。パリと違ってこの美術館の目的は、6千年の歴史の中を歩きながら、博物館的に展示物を古いものとして見るのではなく、現代まで時間が繋がっていて、その先に自分たちがいるのだということを感じてもらう場所にすること、さらに異なる地域をまたいでいくので、いろいろな異文化を勉強する場所にすることにあるのです。
西沢コンペの要項では、各時代を別室に並べる構成が示唆されていたのですが、設計段階になって、ルーヴル美術館の人たちと話をして、ひとつの長方形の空間を用意して、そのワンルーム空間の中に全部の時代を時系列に並べることを提案しました。展示はすべて、壁に掛けるのではなく空間の中央部に独立展示していて、建物の壁を展示に使わないようにしています。壁に展示すると、作品が壁の上に一列に並ぶことになりますが、そうするとどうしても作品の順序が線形になってしまい、ヨーロッパの立体的な歴史と違う線的な歴史を表現することになってしまいます。そこで、床置き展示にして、各作品の関係、距離感を自由に表せるようにしました。
彫刻や絵画などの展示の配置が時間の流れをつくっているのですが、主に空間長手が時間軸になって、短手方向に動くと地域の違いを感じられるようになっています。地域や時間を超えた、立体的な作品同士の関係を、作品展示配置によってつくれるのではないかと思い、こういう平面配置で展開していくことになりました。
この地域は北フランドル地方で、太陽高度が低く、いつも太陽が空を照らし出す、非常に印象的な光を感じられる地方です。ルーヴル美術館の人たちからは、「現代的な問題として作品を感じるために、ランス駅で降りて街を横切っていく時に感じる光の雰囲気と同じような光を、建物の中に入っても感じられるようにしたい」という要望がありました。そのため、窓を設けるのではなく、トップライトから採光して、外と同じ光の状態と言いますか、天空光が降り注ぐ中で作品を鑑賞できるようにと考えました。
妹島つまり、人工照明の白い箱のギャラリーにしてしまうと、展示物を博物館の中で見るような感じになってしまうので、現代に繋げていくためにも、どうしても現代の光を持ち込むことが重要だということなのです。エントランスから時のギャラリーに入って、6千年間の時間の中を歩いて、歴史的作品を自然光で鑑賞して、その先にあるガラスパビリオンにきて、ランスの街を見るという動線です。歴史が現代にまで繋がってくる連続性、時間が感じられるわけです。今後は、この公園の中に現代アーティストによってランスの歴史を見せるような場所をつくり、ランスの街に繋げていく計画です。
西沢敷地の中にはたくさんの産業遺産が多く残されているので、なるべく保存しつつ活用しようとしています。たとえば、シャフトと呼ばれる、炭を取り出すために掘っていた孔を、ロータリーとして再利用しています。
エントランスはガラス張りの開放的な空間で、いろいろな方向から人が入ってきます。その空間の中に丸いかたちの部屋をつくって、本屋やレセプションルーム、喫茶店などを入れています。
建物の外壁はアルミです。光を柔らかく反射し、ランスの風景、木々や空、煉瓦住宅のオレンジ色の屋根を映し出し、それが建物の中にまで入っていきます。このアルミの外壁は切り返してギャラリーへと続いていて、展示室では、作品とその作品を鑑賞するわれわれの姿が映し出されます。時のギャラリーの床は、紀元前から始まって時代を進むにつれて、徐々に外の地形に合わせて下がっていきます。天井は梁が反復し、ルーバーが二重になっていて、直射日光が入らず柔らかい光が落ちる空間になっています。
妹島屋根も傾斜しているのですが、床と屋根で傾斜する場所が少しずれているので、初めに床が下がっていって、だんだん天井が高くなり、自分とアートが「見る/見られる」の関係にあるというよりは、もう少しアートの中に自分が混ざっていくような体験になります。人とアートが混ざり合い、それがまた壁に映って、みんなでこの展示室全体を見ているような、時代を眺めている感覚になります。
展示の時間の流れは変わりませんが、毎年この中の20%ほどのコンテンツがパリのルーヴル美術館と入れ替えられます。さらに、3カ月ごとにこの中の一部がクローズアップされて、企画展示室の方で大きく展示されます。たとえば、1回目はルネサンスをクローズアップしていました。もう3回目になりますが、人だったり、時代だったり、さまざまな時代の展示物を企画展示室の方で見せる計画になっています。
エントランスの図書館から半階降りると、収蔵庫や作品を修復するディスカバリースペースを見ることができます。企画展示室のさらに北西側にホールがあり、ホワイエの床に草間彌生さんのアートが使われています。ホールの白い壁の横に大きな開口があって、企画展示室と一体的な使い方をすることもできます。
非常に大きな建物なので、緩くカーブしていることや屋根の緩い片流れについては言われなければ気付かないほどですが、ただ四角の筒状の直方体を並べるのとは大きく違う結果になったと思います。今までの試行錯誤を経て、地面に馴染む建物の置き方ができるようになってきたのかなと思っています。
[注5] フランスは1950年代まで国内石炭産業を保護していたが、1960年代には欧州の原油価格が安価となったこともあり、エネルギー政策の中心が石炭から石油へとシフトした。それにより石炭産業は急速に衰退した。