アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
東京近郊で「ICHIGOYA」という和風の割烹と宴会場を持ち建築をつくりました。甲州街道が旧道に分かれてすぐのところに建っています。奥行の長い敷地ですが、道路からは正面以外ほとんど見えないため、通りに面したファザードが一発勝負というシチュエーションに建つ建築です。
ファザードを決めるときのコツをこの当時はいろいろ考えました。一つはスケールをなくしてしまうこと、つまりわれわれが教育を受けてきたヒューマンスケールを拒否する。そのことで建築がまず第一段階で自由になる、その次に建築に手幅のスケールを持ち込む、つまり手幅のスケールだけにヒューマンスケールを持ち込む。そこから生まれる緊張感によって、今までにない建築の力が生み出せるのではないかと考えました。
内部は一階にホール、ロビー、ラウンジに宴会場、二階には座敷が並んでいます。僕はインテリアは下手だと自認していますから、実はあまりお見せしたくないんです。明らかに失敗と言う空間さえあります。和室は出江寛さんのほうがはるかにうまいですね。この建物でも夜景に力点を置きました。
次は、名古屋と豊橋の間にある、愛知県西尾市に建つ老舗の呉服屋さんの本社ビル「ORPHE」です。最初の作品「織陣 I 」に近い機能の建築で、本社機能に催事場や展示室などを併せ持つビルです。
この建築を計画していた頃は、ネオクラシカルなものに興味を持っていた時期で、旅行に行ってもネオクラシシズムの建築ばかり見て歩きました。特にベルリンのシュペアーの建築の持つ、いわゆる古典主義建築にはない妙なプロポーションによってでき上がった、独特の病的な世界に非常に魅かれていました。
結果として「ORPHE」はきわめてネオクラシカルな構成に、危険なまでに接近したところでデザインが収斂していきます。
僕が水平的な建築として許容できるのは、せいぜい奈良の唐招堤寺、あるいはローマのヴィットリオ・エマヌエル二世記念堂ぐらいまでです。
次は滋賀県大津市に建つ商業ビル「LINKS」です。実は、この建物の真向かいに丹下健三さんのプリンスホテルが飄々とそびえ立っています。「丹下さんを睨め」という気分が建築に現れているかもしれません。内部には大きなアトリウムがあり、一階は商業施設、二階以上はオフィスです。
僕は、たとえば日光の陽明門に見られるような、ある種の過剰性というものがいつも気になっています。建築は文学とは違った意味で、言葉によって成立している世界ではないかと思います。建築の存在のしかたにはいくつかありますが、言葉の世界に準えていいますと、そのうちの一つはいわゆる文学であり、もう一つは文学の世界でもちょっとはずれた大河小説、大衆小説の世界だろうと思います。 大衆小説は非常にわかりやすく、希望が抱け、人生の喜びがストレートにわかるというものです。僕はできれば文学のような建築を目指したいと思っています。これは非常に危険な言い方なんですが、文学というのは広大でかつ密実な空虚をつくることができる世界ではなかろうかと思います。言葉をたたみかけ、過剰に言葉を費やして完成する広大な空虚である。ただしその空虚がわれわれを呑み込むや否や、たちまちのうちに経験と創造力が開かれるというものではないかと思います。それは大衆小説の持つ、抱きとる優しさというか、すべてが了解できて、すべての人がそこから安心の手形を手に入れることができるようなものとは少し違うものだろうと思います。僕は過剰に言葉を積み重ねることによって広大な空虚を想像したいと考えております。これは言葉を失う世界なのかもしれません。そのような世界を僕は「失語の空間」と呼びたいと思っています。
次は、最初にお見せした「織陣 I 」の第三期「織陣 III 」です。ここでは、ひたすら過剰な建築を追求してみました。幸いにも織陣のクライアントは、一期から三期までずっと建築的な注文は全く一貫しており、常に「高松君の建築をつくってくれ、使い方は建ってから考える」とだけ言われます。建築家にとってはありがたいクライアントなんですが、これは実はたいへんな課題です。建物の用途もヴォリュームもコストも決まらない状態で、建築をつくれという課題を実に三回にわたって課されたわけです。
「織陣 III」では実にさまざまな言葉を開発し、その言葉を建築のディテールやフォルムに移し変えていきました。そのときに用いた言葉でいちばん多かったのは度数を表す言葉です。強度、輝度、温度、湿度、深度などです。そういう言葉をダイレクトに形に置き換えながら、建築をつくっていきました。
完成して数年経ちますが、未だに内部の使い方は決まったわけでなく、いろいろ試行錯誤しながら使われています。空間を表す言葉にもいくつかありますが、アナロジカルな言い方をすれば、「冷える空間」「熱い空間」というのもあり得るし、「通奏低音が常に響いている空間」「暗黒の音が響いている空間」などさまざまな表現が可能です。そのように、空間を表現するときに常に言葉を使うわけですが、その言葉そのものに拘泥していきたいと思っております。
「織陣 III」の夜景です。京都のど真ん中に火を点けている感じです。実は京都は湿っぽい町でなかなか火が点かない。原広司さんの京都駅にはどでかい火を点けて欲しいと期待しております。