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東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

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山本 理顕RIKEN YAMAMOTO


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東雲集合住宅計画
東雲集合住宅 模型
東雲集合住宅 模型

広島市西消防署は、2000年に竣工した建物です。

1924年にドイツの建築家ルードヴィッヒ・ヒルベルザイマーが提案したハイライズシティーという計画があります。彼が提案したこの理想都市は、一階を自動車交通に用い、六階までを商業施設、その上を住宅とし、七階のレベルにペデストリアンを設けています。第一次世界大戦が終結し、ヨーロッパのあちらこちらでようやく国家という単位を再構築しようとしていた時期の、住み方に対する新しい考え方が端的に現れている計画です。

ここに見ることのできる新しい考え方とは、ひとつの住宅にひとつの家族が入るということです。意外に思われるかもしれませんが、それ以前の住宅には、血縁によるつながりや、職業的なつながりの家族が複数住んでいたのです。その意味では、家族という定義そのものが、今とは異なっていたのかもしれません。オランダでも、ベルラーヘが同じような開発をしていますが、それが非常にはっきりしてきたのは、1920年代のドイツだと思います。ひとつの住宅にひとつの家族が入ることが発明され、同時に、住宅相互の間に関係は必要なくなってしまったのです。このことによって、同じものが複製のように繰り返されるという都市の風景が初めて出現したのです。それは第一次世界大戦後に確立された国家像、つまり国家の均一な最小単位である家族というイメージとも重なります。

日本でも1955年に住宅公団ができ、このタイプの集合住宅が踏襲され、今に至るまでつくられ続けています。さまざまなヴァリエーションが生まれたものの、本質はまったく変わっていません。このような住み方が今でも有効なんだろうか、どうしたら変えていけるかと、熊本の保田窪団地など、さまざまな機会を通して模索してきました。

2003年に完成が予定されている東雲集合住宅も、このような思いが前提になっています。公団の仕事で、お台場のすぐ近く東京都江東区東雲に建つ、約二千戸が入る集合住宅です。

6チームによる共同設計で、A街区を山本事務所、B街区を伊東豊雄さんがやっていて、これが第一期工事。そしてC街区を隈研吾さん、D街区を山設計、E街区を高橋晶子さん寛さんのペアと、木下庸子さん渡辺真理さんのペア、F街区を元倉眞琴さん山本圭介さん堀啓二さんがやっています。

伊東さんのところと私のところはかなり近い計画になっていて、お互いどっちがどっちを設計しているというのではなくやっていったらどうかな、という話をしています。

容積率400パーセントで十四階建てというプログラムは、公団側がつくり、私たちが参加する前に出来上がっていました。まわりには、超高層集合住宅ができるという計画です。ただ400パーセントという容積率を、私は面白いと思いました。400パーセントを実現すると南側採光はほとんど不可能です。ですから今までの公営住宅法で求められていた四時間日照なんて到底無理です。無理ということは、公営住宅法で想定されていた家族像そのものが無効になるということです。そして、そこに、ひとつの住居にひとつの家族が住むというつくり方をしてもしょうがないじゃないか、という論理が背景にあると思うのです。

 

そこで考えたことは、ある家族とそれに隣り合う家族との間に何らかの関係がつくれるような集合住宅のつくり方があるのではないかということです。今までは、家族のプライバシーは守られるべきであるということが、住居をつくる際の大前提でした。その前提では、ほかの家族と触れ合う契機がなくてもいいような集合住宅をつくるしかありません。そのことが、集合住宅にあのようなかたちを与えてきたのです。

住宅だけですと閉じたものにならざるを得ませんが、働く場所を組み込めば自ずと外部から人が訪れてきますから、当然、外に向かって開きます。この集合住宅には、それを目的として、店舗やギャラリー、塾やお花の教室、ホームオフィスなどに使うことのできるSOHO的空間fルームを組み込みました。住棟をくり抜いた穴のように見える部分は、誰もが入ることのできるコモンテラスと呼ぶ公共の空間ですが、fルームはそれに面してガラス張りでつくられており、外部との関係をよりつくりやすいようにしてあります。

私が最初に設計事務所をはじめた時のオフィスは、賃貸マンションの一室ですが、お風呂場にコピー機を置くなど、不便きわまりないものでした。その記憶もあって、集合住宅にSOHO的空間があったらとてもいいと思うのです。自分の住むところに隣接して自分のオフィスをもちたい、そういう人たちに是非、使ってほしいと思っています。

延床面積55平方メートルのベーシックユニットと呼ばれる住戸では、玄関からもっとも離れた窓に面した部分に、 バスルームやキッチンといったウォーターセクションを設けてあります。そうすると、玄関に近い空間がフレキシビリティの高い空間になるので、オフィスなどにしやすいのです。

アネックスタイプは、住宅のほかにもう一室借りることができ、オフィスと住居を分離して所有することもできます。また、中央に水回りがあり、その両脇にSOHO的空間のある住戸などもあります。ここはふたりで借りて中央の水回りを共有し、オフィスはそれぞれ別に使うというためのものです。そのほか、メゾネットの住戸など、さまざまなタイプの住戸が用意されています。

窓側に水回りを設けることに対して公団から反対があったのですが、アンケート取ってみると、是非住みたいという人が圧倒的多数を占めました。ガラス張りのエントランスにしても、80パーセント以上の支持率です。外に発信していくという住み方は、もはや当たり前なのではないでしょうか。

供給する側は、自分たちが住民の意見を代表していると思っているようですが、その思いと現実との乖離には驚かされるばかりです。要するに行政側が現実に追いついていってないと思うのです。それが、今の日本の状況です。私たちの提案で実現したのは、全体の六割くらいですが、公団からは、最初三割までだったら自由につくっていいという話があったのです。

「根拠は何か」と聞いたら、三割までは実験住宅でいいというのです。彼らはこれを実験だと思っているんですね。私は、もはやこれが現実なんだと思います。

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