アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
「太田市美術館・図書館(2016年)」は、群馬県の太田駅前に整備された文化施設です。僕らの事務所にとって、公共性の強いものとしては初めてのプロジェクトでした。また、震災後の「陸前高田の『みんなの家』」で考えていたことが、公共建築でも活かすことができるのではないかと思いました。敷地である太田駅の駅前には普段人が全然歩いていないという問題がありました。自動車メーカーのスバル発祥の地であることで有名なこの街は、人口22万人で税収の多い街ですが、市民の移動手段はだいたいが車でみんな郊外のショッピングモールに行ってしまい、駅前に人が集まらないという状況がありました。そこで、駅前をもう少し人の賑わいで蘇らせようということが求められました。最初の提案として、機能が入るいくつかの箱のようなものがあり、その周りを道のようなスロープがぐるぐると取り巻いているという構成を考えました。これは、さまざまなところからやってきたものがひとつの結び目になるような初期イメージから来ています。コンペティションに勝ち、実際にプロジェクトが始まりましたが、太田駅前に人がたくさん来るようにしたいと考えた時、まずは実際に利用することになる住民ときちんと話して本当に望まれていることがどういうことなのか理解しなければいけないということで、ワークショップを実施しました。ワークショップは、だいたいの公共建築の設計において実施が義務付けられています。しかしそれを、単なる説明会のようにとりあえず乗り切るべき障害として捉えてしまうと、どうしても利用者と設計者が対立したような構造になってしまいがちです。実際にそういった状況も僕は経験したことがあり、当時からあまりよくないなと思っていました。設計者は街にとってよりよいものになるように一生懸命考え説明していて、利用者や市民にとって敵ではないのですが、最初から敵のように思われていて、双方にとっても、街にとっても損だなと思ったのです。そこで、どうせワークショップをやるのだったら、計画の最初から利用者と一体になってテーブルを囲むように一緒につくっていくことができれば、そういうストレスもないのではないかと思いました。「太田市美術館・図書館」では、ワークショップと言いつつほとんどデザインセッションのようなことをやりました。つまり、あるテーマを決めてスタディをして、そのスタディからひとつを選び、選ばれたものが次の案に活かされ、またスタディを重ねて選ばれたものがさらに次に活かされていく。そういったことを延々とやって最後の案ができました。このやり方を実践して自分たちにとって発見だったのは、すごく解像度の高い見方をそれぞれの人がそれぞれの立場でできるので、それを自分たちへフィードバックすることで、普通に設計しているとなかなか発見できないようなことが発見でき、その発見を形に落とし込むことができたことでした。もうひとつは、行政の人びとが設計者だけが主張していると真剣に取り合ってくれないような話も、利用者である市民と一緒に考えたことだと言うと、一気に真剣に取り合ってくれるようになったことです。例えば、屋上庭園は当初の提案からありましたが、行政からは「屋上の提案はやめた方がよいのではないか」と言われていました。しかし、僕らは絶対やった方がよいと思っていましたし、ワークショップでも屋上庭園はすごく人気がありました。最初は平らな庭園が5つあったのですが、ワークショップの中で「緑が外から見えないと行かないだろう」とか、「駅からも緑がちゃんと見えるようにしてほしい」、「太田市は赤城山方面から吹き降ろすいわゆる『赤城おろし』というからっ風が強いから、小さな建物がいっぱいあって風が巻くようなものはセンスがない」等、さまざまな意見を聞くことができました。それらの意見を総合し、屋上緑化の平面を削り建物全体として球面となるような斜面にすることで、駅に対しては柔らかい表情が見え、反対側には壁のようにそそり立って風から守られた場所ができるという構成になりました。最初の行儀のよい案から、だんだんとワイルドになっていって、一見どのようにできているのか分からない、複雑さを持ったものに変わっていきました。最終的にできたものは、ひとつひとつの場所にさまざまな居場所ができ、見える景色やそこでできることが異なり、何か不思議な心地よさがある豊かな空間が展開していると思います。これはもちろん、設計者である自分たちだけでもそこそこ考えられると思いますが、それは太田市の人びとの想いを想像しながら考えるにすぎず、実際に利用する市民100人で考えた情報が入ってきた時、自分たちだけでは発見しきれない豊かさ、つまり、今までの建築が持っていた一定レベルの多様性を超えたある意味での「自然」の力により、建物が持っているエネルギーが高まるようなことが起こったのではないかと思っています。
「太田市美術館・図書館」北側俯瞰。奥には東武鉄道太田駅
「太田市美術館・図書館」コンセプトイメージ
「太田市美術館・図書館」ドローイング
「太田市美術館・図書館」ワークショップでのスタディ案の変遷
基本的な構造は、3メートルグリッドの耐震壁付きラーメン構造のボックスに対して、グリッドに直行方向に水平な梁を架け、その高さを変えてデッキプレートを架けるだけで比較的単純にスロープをつくることができています。梁をさまざまな高さに架けるためのベースプレートを架ける仕組みは、柱の鉄筋と干渉しないようにうまく共存しなくてはいけないので、3Dソフトでスタディして実現しています。仮に、柱のないところに異なる高さで梁を架けようとすると、ボックス側に斜めの梁をつくらなくてはいけなくて、ものすごく複雑な構造になってしまいますが、3メートルグリッドにしたことによってすべて解決しています。また、3メートルは鉄骨のデッキプレートの最大スパンであり、いちばん経済的な考え方です。スロープの先端はピン柱で受け、その柱がサッシになるという無駄のない構造になっています。それから、太田市特有の強い風を適当な開口から部分的に風が取り入れられるように計画し、わずかに空気が動いている図書館空間にとって心地よい状態をつくることができました。このように、さまざまなエンジニアリングとたくさんの人びとの考えを全部取り入れ、風や力の流れといった自然と、人間たちが考えたさまざまな思いの自然が、重なり合ってひとつに共鳴するような場所をつくろうと考えたプロジェクトです。 太田駅は東京からそれほど遠くなく、北千住駅や浅草駅等から出ている東武鉄道の「りょうもう号」という特急に乗れば約1時間で到着します。写真だけではこの建物が持つ独特な親密さのような、さまざまな人が自分の気に入った場所を見つけることができる感じがなかなか分かりにくいと思うのですが、もしご興味があれば、現地に足を運んでいただけると建物の中に入った瞬間に「ああ、こういう感じなのか」と分かっていただけるのではないかと思います。僕がここで目指していたのは、ジャングルの1本の樹のようなものでした。ジャングルの樹には、その1本の樹の上に数百種類の生物が住んでいるらしいのです。ある1種類の生物が住む環境のことを「生態学的ニッチ」というのですが、その生態学的ニッチが数百種類の生物に向けて存在しているというところにジャングルの1本の樹の豊かさがあるのです。だとすると、この建物に訪れる人を別々の傾向を持った生物種だと捉えた時、それぞれが自分の場所を見つけることができるような、生態学的ニッチがたくさんある状態をつくりたいと思って設計していました。これは、それぞれ違う傾向を持った人たちが設計に参加することで、ノイズのようなものを引き受け、そういう状態が生まれることになったのではないかと思っています。生態学的ニッチという言葉と「からまりしろ」は、かなり近いところがあると思うのですが、このプロジェクトは、さまざまな人にとってのからまりしろが豊かにある状態をどのようにつくるかというひとつの実験だったと思います。
「太田市美術館・図書館」1階中央の3層吹き抜けエリア。通路は開館時、東西に通り抜け可能
「太田市美術館・図書館」4階平面
「太田市美術館・図書館」3階平面
「太田市美術館・図書館」2階平面
「太田市美術館・図書館」1階平面
「太田市美術館・図書館」断面
「太田市美術館・図書館」吹き抜けを見る。2階正面は図書館エリア、1階はカフェ&ショップ
「太田市美術館・図書館」西側図書館エリア夜景。外周部の鉄骨柱が鉛直力を受ける
「太田市美術館・図書館」階段状の図書館エリア