アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
「八代市民俗伝統芸能伝承館(お祭りでんでん館)(2021年)」は、熊本県八代市に建つお祭りの伝承館です。八代市は熊本県の南部に位置し、上海や台湾とも繋がりが強い場所です。八代市のいちばん大きなお祭りは、数百年続く「八代妙見祭」という行列のお祭りで、笠鉾と呼ばれる派手な鉾が全部で9基街を練り歩くのが特徴です。この笠鉾の上には、すごく個性的なシンボルがそれぞれ載っており、街ごとに違う笠鉾となっています。また、「亀蛇」(中国では「玄武」と言われる)という伝説の生物にあたるものが名物キャラクターになっています。かなり華やかで派手なお祭りです。このお祭りのための場所をつくるというプロジェクトだったのですが、敷地はたまたま僕の師匠である伊東豊雄さんが設計された「八代市立博物館・未来の森ミュージアム(1991年)」という名作の隣で、さらに、芦原義信さん(1918〜2003年)が設計された「八代市厚生会館(1962年)」の隣でもあるという非常に難しい、チャレンジングな場所でした。また、芦原さんの「八代市厚生会館」の別館が建っていた敷地であり、間口が狭く奥に広い、堀や城に近い場所でどのような建物が建ち方としてよいのかがこのプロジェクトの考えどころでした。僕が提案したのは、お祭りのための場所として、行列が練り歩く道をひとつの基盤にすればよいのではないかということでした。つまり、ひとつの建物を建てるのではなく、あえて分棟にして、建物と建物の間に道をつくるのです。この道の先にはアーケードがあり、さらに先には塩屋八幡宮というお祭りの起点となる神社があるのですが、お祭りの時も含め、普段から観光客も含めた人びとが通れるような場所にしたらよいのではないかという提案です。この道沿いに設けた分棟の建物には、展示のための博物館機能やお祭りの鉾等を収める蔵、伝統的な芸能を練習する場所が入り、それらの間を通る道に対して半分を覆うように、海の生物を思わせる躍動感のある屋根が架かる構成になっています。お祭りの笠鉾はだいたい4メートルの高さがあり、これまではどこか都合がつく駐車場等で組み立てていました。それを、この屋根の架かった場所で組み立てられるようにして、その光景を市民や観光客が見られるようにすれば、すごくスペクタキュラーな光景になるのではないかと考えました。そもそも、この笠鉾はこの数百年のうちに小さな笠からだんだんと進化してきたものですから、笠鉾にさらにもうひとつの笠を架けるようなイメージで、笠鉾をまた違ったフェーズに持っていく、大きな時間の中でお祭りを進化させていく、ということができないだろうかと考えたのです。またこの屋根下空間は、熊本の温暖な気候の中で雨の多さや日差しの強さを避けられる、人びとにとって快適な風が吹き抜ける心地よい場所となるでしょう。
「八代妙見祭」の9つある笠鉾のうちのひとつ「恵比須」
伝説の生物「亀蛇」の舞
「八代市民俗伝統芸能伝承館(お祭りでんでん館)」北側俯瞰。左に「八代市厚生会館」、右に「八代市立博物館・未来の森ミュージアム」
「八代妙見祭」直前の笠鉾組立時のイメージパース
「八代市民俗伝統芸能伝承館(お祭りでんでん館)」配置兼1階平面
このプロジェクトでも「太田市美術館・図書館」と同じようなワークショップを開催しました。「太田市美術館・図書館」の時は個人ベースで自分の子どもたちも含めた今後30年といったタイムスパンでさまざまなことを議論したのに対して、「八代市民俗伝統芸能伝承館(お祭りでんでん館)」では、八代妙見祭をはじめとして日本舞踏の行事や民俗、文化といった300年続いているさまざまなことの歴史がベースとなっていて、それぞれの人生よりも長い歴史を背負って発言しているということに気が付きました。建物を、自分の人生よりももっと長い時間の流れの中で考えてつくることが、これからもっと必要になるんだなと改めて思いました。そんなワークショップを経て、結果として当初提案していた建物配置とはだいぶ変わり、屋根も隣の「八代市厚生会館」に対しても張り出し、よりダイナミックな風景に繋がるような構成になりました。
木屋根架構アクソメ
接合部アクソメ。アルファベットは右のアクソメ中の位置を示す
また八代市は土地のほとんどが森林に覆われていて、木材が豊富な場所でもあるので、地元の木材を使い屋根の構造体をつくることを考えました。いわゆる製材は集成材と違い、4〜6メートル程の長さしかなく、断面もそれほど大きくないので、長いスパンを飛ばすために短い製材を編み合わせるようにして使うということを考えました。また、編み合わせた構造により、ダイナミックに波打つような屋根をつくることも目指していて、そのためには高度な仕口が必要となりました。ここで用いた仕口は、日本の伝統的な仕口と金物を組み合わせたような考え方で、組み合わせの部分が立体になっています。コンピュータでしかカットできないような複雑な形状の仕口が屋根の真ん中あたりに集中しているのですが、そういったものをうまく使うことで全体として波打った形状をつくることができています。以前であれば、高度な技術を持った宮大工さんでなければつくれないような非常に難しい作業を、技術のある大工さんが監督をしながら一般的な職人さんの手を使ってつくることができました。屋根は、表面をどうすれば雨水が逆流しないか、野地板や屋根材がしっかり張れる程度のねじれに留まっているか等、コンピュータを用いてシミュレーションして設計しました。また、僕は京都大学で教鞭を執っているのですが、京都大学防災研究所の西嶋一欽先生に協力いただいて風洞実験も行いました。と言いますのも、屋根が複雑な形をしていること、熊本県は非常に台風の多い場所で、屋根にどこか局所的に風圧がかかると何か影響が出てしまう恐れがあるということで、実際の屋根形状に即した風洞実験をして、最終的に形状や留め方を決定しました。屋根の木架構は山形のシェルターさんという木造の会社にお願いして、現地の職人さんの手を使いながら施工を進めていったのですが、野地板はそのまま現しにしたいぐらい美しく張られていました。さらにそこに屋根材を張るのですが、地元の松本板金さんにお願いをして、ほとんど支障なく非常に美しい屋根ができました。軒裏にはスギ板をワイルドに張り、地上から見ると全体として木の面と線が合わさったような表情の空間になっています。この中では、八代市中の無形文化財となっている30近くのお祭りの飛び出す絵本のような展示があったり、八代妙見祭の笠鉾等を展示したりしています。形態や構法、使われ方等、さまざまなものを通して、現代と伝統が地続きに建築の中に流れ込んできていて、非常に生命力が感じられ、多くの観光客を魅了し、市民の街の愛着を高める場所になればよいなと思っています。
「八代市民俗伝統芸能伝承館(お祭りでんでん館)」展示・収蔵棟、会議棟の間には南北に抜ける道が通り、お祭りの時には行列がここを練り歩く
「八代市民俗伝統芸能伝承館(お祭りでんでん館)」会議棟から展示・収蔵棟を見る
「八代市民俗伝統芸能伝承館(お祭りでんでん館)」屋根木架構施工の様子
「八代市民俗伝統芸能伝承館(お祭りでんでん館)」金属屋根施工の様子
「八代市民俗伝統芸能伝承館(お祭りでんでん館)」エントランスホールより展示室への入口を見る。壁面には妙見祭のグラフィックが描かれている
「八代市民俗伝統芸能伝承館(お祭りでんでん館)」展示室1。壁面の大画面映像から祭りの臨場感を体感できる