アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
これが最初にプロポーザルの段階で出したファーストモデルです。このときから何となく菱形で全体を積み上げてゆくような、それで自由に変化していけるような形式をとっています。その理由はまずこの敷地が昔ゼロメートル地帯に近く、もと蓮沼だったところで地盤は非常に悪い。周辺は隣が中学校で、他はほとんど住宅街です。住宅街の中に突然こういう施設をつくることは、日照などいちがいに決められない複雑な問題を含んだ地区だったと思います。
近くに綾瀬駅があり、そこから長さにして約3キロくらいの馬蹄形をした細長い公園があります。その公園の一角にこの施設を計画すると、公園の回遊性が分断されてしまうということで、敷地中央にオープンデッキというものを設け、それによってこの施設をいくつかに分割して配置していこうという発想が敷地をみたときから出き上がっていたということです。
この絵はプロポーザルのときから持っていたイメージで、風景からだんだん自分のイメージが構築され変化していって、武道館の表現にたどりついたという説明的なドローイングです。
先ほど話しました雲海山人の幻影みたいなものと、それからこれが先ほどの公園なんですが、大型の施設で分断させたくなくて貫き通す公共的な配慮をすることで武道館を利用者のみの施設としてつくるのではなくて、都市に対して公共建築が働きかける、もしくは公共建築をやるがゆえにつくり出せるような都市軸としての空間を設けたいと。後でこのふたつの説明が出てきますが、一番私の中で位置づけようとしたイメージです。
この通路もしくはこの周辺外部に対して仕掛ようとした言葉は、結果的に今日のテーマの「地・水・火・風・空」という言葉になって表れてきてしまったわけです。この回りに「地・水・火・風・空」という、自然のエレメントですが、それをテーマに五人の作家に仕事を依頼してこの敷地の周辺、もしくはこの中を貫いていく通路の周辺にいろいろなアートを、たとえば陶器の彫刻であるとか風の彫刻とか、ステンレスのテキスタイル作品であるとかそういう物を仕掛けていっています。通路はどうしても動線上一階にとれなくて二階の部分、広場から階段で上がり二階のレベルが通路となりオープンテラスと称しています。 それで反対側へ下りてずっと公園へと回遊していけます。二階に上がってしまうと利用者は減るんじゃないかという話がありましたが、現実はむしろ一般の方たちがオープン後楽しんで通っています。この発想は先ほどもいいましたが、公共建築とか単体の施設というのはある目的でつくるとその目的だけの利用者が使用し、あとは閉鎖的になりがちになる。それはどうもおかしい。少なくとも公共建築というのは特定の人に利用させる施設ではあるのだけれども、それ以上にそれができることによって地域環境を変えたり地域に開かれた影響を与えていく。それが大きな目的のひとつだと私は半々ぐらいに考えているわけです。したがって施設は確かに利用者のものだけれどこの透き間すなわちオープンテラスとか周辺は全部地域のものであると、そういう視点でこの計画を進めてきました。