アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
コンペティションのときのモデルです。場所は新潟の中心街にあり、信濃川が流れています。市街地のセントラルパークと名付けられていた大きなエリアで、市役所や体育館があります。敷地の隣にたくさんの松で立派な白山公園があります。佐藤総合計画が設計した「新潟県民会館」と岡田新一さんが設計した「市音楽文化会館」は、埋め立て地のため水位がすごく高く、奈落をつくるため地上六メートルぐらいのところにロビーがあり、階段でいっせいに上るようにできています。地下がつくれないということで、当然これも同じレベルまで上っていくような丘をつくって、それぞれに入ろうということにしました。コンペでは、他施設にブリッジを勝手に架けないでください、といわれて取り外しましたが、結果的にはすべて架けさせてもらいました。
コンペ案から実設計に向かうときの基本設計のモデルです。県民会館、音楽文化会館、公会堂、体育館のそれぞれのパーキングの上に屋根をかけ、そのパーキングを林にして、ドライな土埃のするエリアを潤いのある繰に改良しようと考えました。新潟はもともと浮島がたくさんあったところで、それをイメージして林の中に島を浮かべようと思いました。群島システムを導入し氷と緑の環境をつくって、ビルディング化してしまった地方都市のヒートアイランドの防止と都市の再編集を提案し、二十一世紀グリーンアイランドに向かう目標をつくりました。
コンペのときより屋根のそり方が変わっています。コンサートホールの天井高と町からの見え方を考えレンズ状の緑の丘にしたいということで、屋根がそっています。面積を少しオーバーしていました。面積に合うようにしたために、コンペのときよりロビーが少しきついです。
体育館、県民会館、音楽文化会館が建っていて、そのすき間に空間をとりながら大きな三つのホールを含んだ建物が実現し、その周辺に七つの浮島が浮いているかたちです。新潟には、信濃川の奥のほうに浮島群のある潟(かた)がたくさん残っております。たいへん美しいです。水があって、稲作が盛んで、という日本の美しい原風景を今でも残しているのが新潟です。戦後の護岸工事によって現在の敷地ができました。江戸時代の人口は多く、佐渡の金山、銀山のために豊かで、さまざまな芸人もやってきました。浮島の豊かな風景の中に幔幕を張って演じられた、そういう伝統芸能を継承していく場にふさわしいウォーターフロントだと感じました。新潟にたくさん残っている伝統芸は屋外で行われます。そうした芸術を披露する場所にしたいと、パーキングの上に浮島をつくり原っぱにしようと考えました。その原っぱに加えて、コンサートホールとシアターと能楽堂という専門ホールがあるわけです。