アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
長野県松本市の中心部に建つ2004年春に完成予定の建物です。現在、工事の約八割が進んでいます。オペラができる1800席の大劇場と240席程の小劇場、そのほか実験的な劇場やリハーサル室などが組み込まれた劇場コンプレックスです。駅前からの通りを挟んではす向かいに宮本忠長さんが設計された市の美術館があります。クライアントの要望もあって屋上緑化を施していて、現在、すでに芝が植えられています。 劇場というタイプの建築は難しいものです。僕が設計した建築の中でもっとも難しかったといっていいかもしれません。敷地の奥行は200メートルありますが間口は40メートルぐらいしかありません。しかも両サイドから斜線制限がかかっていて、かつ地下の水位が非常に高いところで、地下室も最低限のものしかつくれないというような条件でした。二、三センチはずれると斜線にかかるようなところだらけです。ここでは新しい素材をいくつか開発しました。
この建物は不思議な形をしています。前面道路から入って大ホールに行くためには、いちばん奥までいって回り込んでこなくてはならない動線です。なぜあえてそうしたかというところにわれわれの提案の意味があります。十社による指名コンペでしたが、ほかの九社の提案はことごとく、前面道路側にホワイエがあって、その向こうにホールがあって、いちばん奥にフライタワーがあるというものでした。なぜこれをひっくり返したかというと、突き当たりが住宅地で、しかもいちばん奥にご神木といわれるような大きな木があったからで、フライタワーを奥にもっていった場合には、どうしてもその木を切らないと車からの積み下ろしができなくなつてしまうのです。たとえご神木を切ることをよしとしたとしても、30メートル以上あるフライタワーが住宅地にいちばん近いところに建ってしまいます。それをなんとか避ける方法はないかと考えたのです。また、エントランスホールがあってホワイエがあって、劇場の客席があってその奥にステージという形式だと、誰がやっても軸線が通ったシンメトリーな、権威的な劇場になつてしまいます。
オペラができる劇場は、通常ステージの両サイドに袖舞台があってさらにバックステージがきます。それをそのままつくると敷地いっぱいになつてしまうので、われわれは田の字型舞台と呼んでいる変則的なステージに変えました。客席から見て左側の袖舞台を浅くして、代わりに右の袖舞台の奥、バックステージの右側に舞台をもうひとつ設けたのです。搬入のトラックもバックステージと新たにできたこのステージの二カ所へ積み下ろしをすることが可能になりました。また、このことによって全体的に流動的な空間が生まれることになつたのです。このレイアウトがダメだといわれればコンペティションで最初にはずされたのでしょうが、幸いにも評価されたので、いまは関係者が一丸となつて実現に取り組んでいます。
劇場はどうしてもクラシックな形態を取らざるを得ないところがあり、難しいと感じます。特にここは毎年一カ月間、小澤征爾さんとサイトウ・キネン・オーケストラによりサイトウ・キネン・フェスティバル松本の舞台となるため、オペラができるということと、通常は市民が演劇活動をするということのふたつの目的があって、それに対してどういう劇場の形式がいいのかずいぶん検討しました。クラシックなオペラも演じられるので、エレガントさを出すためにも馬蹄形の観客席を採用しました。その馬蹄形のギャラリーが四段あって、後ろの客席と一体化するようなものになつています。天井を高くし、舞台と客席最後部との距離がなるべく小さくなるようにしました。
馬蹄形の舞台をつくりたかった理由はもうひとつあります。アドバイザーとしてかかわってくださった日本大学の本杉省三さんによれば、劇場の高揚感は観客対舞台ではなく、観客対観客の関係で盛り上がるというのです。つまり視線が多焦点をもつということが重要だということで、僕もその考えには大いに納得するものがありました。ギャラリーを回すことによって観客同士がお互い見渡せることが重要だと考えて馬蹄形にこだわったのです。
コンペティションの時点では外壁をガラス張りにしていましたが、小さな建物に囲まれていてホワイエからの眺めがあまりいいものではなく、逆に周辺の住人に迷惑がかかるということもあって、いろいろスタディした結果、GRCのパネルにガラスをはめ込んだプレキャストの壁面を開発しました。開口がたくさんある部分と壁だけの部分で明暗のメリハリがつきますし、光の流動体としての空間ができてきます。それに伴って床も波紋が広がっていくように明るい部分と暗い部分とをカーペットのグラデーションによって表現しょうと考えました。
外壁のスタディは、まず家のガレージで紙にトレーシングペーパーを貼ってイメージを試すことから始めました。その後、七種類のガラスを韓国でつくりました。最大では60センチぐらいの直径をもったもので、すべて手づくりです。徳島にもち込み、そのガラスのまわりにGRCを流し込んでこれらのガラスを象眼したパネルをつくりました。高さ六メートルまで可能です。手づくりのガラスなので象眼しておいて最後にGRCともども磨きをかけてパネルにするので、半透明な石をはめ込んだようなパネルになります。ゼネコンの研究所で凍結の際の水の入り込みも実験しました。一枚の厚さは二〜三センチほどのもので、間にスティールの部材を挟んで対称形にしたものをサンドイッチにして内側も外側もこの素材だけで構成しました。また、ガラスの部分には半透明の断熱材を入れて光を透過させるようにしてあります。その二枚のサンドイッチの間にファイバーによる照明を入れて、夜はそこから光が出るという工夫もしています。
フライタワーと小劇場の外壁にはアルミにガラスビーズを混入したリサイクル素材を使いました。素材そのものはすでに製品化されているものですが、キャストでつくられるのでパターンが自由に描けます。厚みが10ミリのものにパターンをつくつてスタディしました。実現したものは波形が連続するパターンです。これは色味が調整できるのでダークグレイで仕上げています。
劇場の内壁は全体にわたって大小の波を打っていて、鉄板を溶接してその上につき板を練りつけるというものです。鉄板の溶接は「せんだいメディアテーク」のときの床やチューブ工事の職人さんがやってくれました。ホールの壁面はステージ側から客席に向かって、黒色からだんだん明るいワインレッドになっていく30色のグラデーションです。また、天井は100トンぐらいあるのですが、これを上げ下げすることで音響を調節します。
椅子は日本製の既成のものをデザインし直しました。10種類の布を開発してステージ側からだんだん明るい色に変わっていくグラデーションにしようと思っています。エレガントな空間をなんとしてもつくりたいと思っています。
劇場の外側であるホワイエ側の壁にもワインレッドが少し入ったブラウンの板を張ります。椅子の背も同じです。床もその色のカーペットを敷き詰めようと思っています。
2004年3月竣工で、8月末に小澤さんのオペラでこけら落としという予定です。幸い、館長は串田和美さんというかつてシアターコクーンの舞台監督をされていた方なので、自由な演劇の舞台になるのではないかと期待しています。広い田の字型のステージをもつ、450人ぐらいの観客が入る実験劇場も実現する予定です。