アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
次に「台中メトロポリタン・オペラハウス」で採用したシステムの源流となった「ゲント市文化フォーラム」のコンペ案のお話をしたいと思います。2004年にベルギーのゲント市に計画するコンサートホールのコンペに参加しました。計画敷地は都市の中央部に位置しているのですが、敷地を囲むように川が蛇行して流れているところで、正面がなく、さまざまな方向からアプローチできる面白い敷地です。この要項で求められた1800席のメインホールは、私たちが設計した「まつもと市民芸術館」の大ホールが1800席ですから、はぼ同じスケールでした。
事務所のスタッフたちとの最初のミーティングで、その直前に行ったポルトガルのコインブラにて私が経験したことを話しました。コインブラで*ファド(ポルトガルの伝統民族歌謡。ボン・ファドとコインブラ・ファドに大別される。)のコンサートが夜10時からあって、それを見にいったところ、なんと街の階段の途中でコンサートが行われました。イタリアのスペイン階段みたいな小広場ですが、もっと小規模なものです。踊り場に小さなカフェがあって、石段の途中に歌手がふたり入れ替わり出てきて歌います。それをカフェのテーブルの椅子に座って聴くか、あるいは石段に座り込んで聴くのですが、歌っている間も街の人が脇を通り抜けていったりしています。そういう自由で形式張らないコンサートはいいよなって思っていました。同じような雰囲気は「ポンピドー・センター」の前の広場にもあります。芸人が大道芸をやっていて、外の雑音も入ってくるけれど、ホールにはない楽しさや自由さがある。そういう雰囲気を持ったコンサートホールができないだろうかというのが最初の発想でした。
私たちもこれまでにいくつかコンサートホールやシアターの設計をしてきましたが、シアターは最も形式に縛られやすいタイプの建築で、いくつかの形式に収斂してしまい勝ちです。そうではなく、ストリートで音楽を聞いているようなコンサートホールを提案しようという共通認識を最初の話し合いで持つことができました。
最初のボリュームスタディの時から、建物の外形は四角で区切ってしまうのではなくて、敷地の形状をそのままなぞろうと思いました。そのボリュームに周辺のさまざまな方向から入ってこられる洞窟のような穴を空けて、それが広がってホールを形成するような屋内化された広場のようなイメージを持っていました。メインホールの周辺のスペースは楽屋とかオフィスとかレストランとか、そういった空間を想定しました。そのイメージで模型をつくったのですが、この時も「多摩美術大学附属図書館」と同じように、敷地に沿ったボリュームを洞窟のような空間でえぐり取っていくというスタディから始めました。そして、その作業をもう少し内部の機能や各プログラムに分割して、注意深く考えるような方法でスタディを進めていきました。
このコンペではイタリアの建築家アンドレア・ブランジさん、構造設計家の新谷眞人さん、それからベルギーの若手建築家ふたりと共にチームを組みました。ブランジさんも私たちの事務所に来てディスカッションをしました。まだ洞窟のようなボリューム模型で検討していた時のことです。ブランジさんとは横浜で行われた展覧会の会場構成を一緒にやったのですが、ちょうどその頃、このコンペが始まっていたので、そのまま一緒にやることになりました。新しい建築の意味といったことを常に考えていて、とてもクリアな方です。デザイナーというより、むしろ思想家と言うべきでしょうか。彼の提案は直線的な通路が空間の中を横切っていて、その奥にコンサートホールがあるというイメージだったのですが、私たちは有機体のようなものをイメージし続けていました。
新谷さんとの打ち合わせの時に「発光海綿体」という言葉が突然出てきまして、どういう状況で描いたか今となっては定かでないのですが、リングの中が洞窟の連続体のようになっているものをつくりたいというイメージで絵を描いたり、私自身でそのイメージを模型にしてみたりと、どうやったらこの構造体を成立させることができるかを考えていました。
そうして、ある日スタッフのひとりが一晩中考えてきて「こういう構造はどうですか?」と模型を持ってきました。私もその構造に深く共感しました。グリッド(格子)に分割された二枚の平面に市松に描かれた円を上、下膜で結んでいく、すると三次元の連続面で空間がふたつに分かれます。それをもう一段縦に重ねると不思議な連続体ができます。Bの空間はAの空間の奥で水平に繋がっています。水平にも垂直にも繋がっていく連続体ができるのです。この考え方を応用して、プリミティブなモデルをつくりました。当時はいちばん大きなコンサートホールの空間は真ん中に開けるしかないと考えていたので、真ん中をドーナツのように空けて、その周りを連続体が取り囲んで全体が形成されるというモデルスタディをしました。
一方で、ドーナツの中央部を四角いホールで切り取ってみたらどうかという検討もしました。というのもコンペの要項ではホールに対して、ある意味では20世紀的なシステマチックで均質なコンサートホールが要求されていたからです。その要求に沿うには、四角いホールでなくてはならないのではないかという議論があり、スパーンと切られた切断面とアルコーブが一体化されたホールのイメージが提案されました。その提案を見ながら、どうもホールだけが四角で別の空間になったら、当初のコンセプトと外れてくるだろうと思いました。もともと道路が広がっていって、その交叉した広がりの空間がホールだというイメージでしたから。私たちが考えるホールは、要項で求められているシステマチックなホールとはまったく違ったのですが、コンペに勝てなくても面白い方をやろうと割り切りました。
こうして考えていったイメージを模型にするのにはかなり苦労しました。液体を固まらせてつくつてみたり、スタイロを重ねてつくつてみたり、なんとかして連続体を模型で見たいと、いろんな方法を試しました。一方で、そのイメージをコンピュータ上で考えていくスタディが重ねられていました。平面上に先はどのドーナツ型の模型のような円形の穴を大小ランダムに空けて、それが連続していくCGが作成されました。ところが、ただの円だと各部屋のフレキシビリティがなくなりそうだということが分かってきて、フレキシビリティのある、五角形の面を取りながら、外郭を敷地の形状に沿って切り落とし、コンペで提案したモデルがようやくできていきました。
構造は単純化したモデルを新谷さんが考えてくれました。積層された平面があり、上下ズレたところに穴を開けて結んでいく。新谷さんは「セミ・トーラス」と呼んでいたのですが、ドーナツの円断面を縦に割り、内側だけのリングを積層して繋いでいくと単純化されたモデルができます。それは構造的にも合理性があると解析をしてくれました。計画案は全長が約120メートルで最高高さが25メートルはどになるのですが、その各部が厚さ約300ミリのコンクリート壁でできるだろうという見通しが立てられました。施工は現場でコンクリートを打つという想定でした。
外形は最初のイメージ通り敷地の形状に沿って切り、ガラスで囲い込む提案です。内部の洞窟的な空間は、ふたつの空間に分かれますが、一方は音の出る洞窟でサウンド・ケーブ、他方をアーバン・ケーブと名付けて、その間を往来できるようになっています。断面を横方向、縦方向に切っていくと、何か流動体のような断面が次々に描かれます。サウンド・ケーブの空間を歩いていると、さまざまなところから音が聞こえてきて、町の中でたくさんのコンサートが行われているかのように感じられるでしょう。人びとがケーブ内を移動しながらコンサートを楽しむことも可能な空間を計画したのです。パーティションで、音をシャットアウトすることもできますが、サウンドケーブの空間全体が連続してひとつの大きな楽器のようにもなり、ひとつの音楽を奏でるような空間でもあり得たらという提案でした。
結果として、このコンペは見事に落選しました。