アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
転んでもただでは起きないぞという気持ちで、翌年に行われた台湾台中市のオペラハウスのコンペに、もう一度同じシステムを使ってチャレンジしました。敷地は新しい市庁舎と州庁舎を建設中の土地に隣接した大きな公園の中です。この周辺は高層マンションが次々に建てられていて、急激に地価が上がっています。ここに2000席の大ホールと800席の中ホール、200席の小ホールに加えてリハーサル室やレストランといった機能を備えたオペラハウスを計画するというものでした。
一次審査で提案したのは、二階にメインホールがあって、一階がピロティになっているという案でした。ところが、この計画は「ゲント市文化フォーラム」に比べるとシンボリックで、ピロティとホール階と屋上という三層構成になってしまうのですね。これはどうも建築的にクラシックなのではないかと感じました。そこで二次審査に進んだ段階で、もう一層増やした計画に変更し、それに合わせて内部の構成を大きく組み替えました。そうすることで「ゲント市文化フォーラム」の時に考えたネットワーク状の空間のコンセプトを回復することができました。一階はフラットな床ですが、上の層になると床なのか壁なのか天井なのか分からないような空間です。
二次審査のインタビューの時に、この変更を敢えて行った理由を説明したのですが、それに対して審査員が深い理解を示してくれました。日本では考えられないような建築論を審査員と議論をし合うような楽しい審査会でした。
市庁舎と州庁舎の奥の公園の中央部にオペラハウスが建つという敷地の状況から建物に正面性を持たせたい一方で、古いシンボル性は排除したいと思いました。敷地の形状に沿って外形を決めた「ゲント市文化フォーラム」とは異なり、今回はキュービックな形態にしてボリュームを切り落とし、エレベーションは四面共それらの切断面そのものです。インタビューの時に「この建物にどういう愛称を与えるか」と聞かれて、とっさに思い付いたのが、「壷中居」という言葉でした。壷の中に居るというイメージです。日本橋に壷中居という有名な古美術店がありますが、その言葉がとっさに出てきました。
このコンペで競ったザハ・ハディドの提案で使われていた曲面と違うところは、私たちの曲面はシステムをつくつているということです。そのシステムに乗せて曲面を連ねていくことで洞窟のようなプリミティブな空間が生じてくるわけです。
一昨年の暮れにコンペの結果が発表されて、私たちの案が採用されました。まずいちばん大きな出来事は建設予算が1.5倍になったことです。コンペのインタビューの時に、私たちはこの予算では到底できませんと言いましたが、それでも審査員は私たちの案を通してくれて、そして市長さんがこの案をたいへん気に入ってくださいまして、予算を増やしてくださいました。その予算は国と州との両方から出るものですが、そんな増額は日本ではなかなか難しいことです。台湾もやるなぁという感じですね。
それから一年強スタディを続けています。地上レベルにはチューブの空間が降りてきてチューブの周りの空間は広がって、建物の外部である公園にまで連続するランドスケーブをつくろうと思っています。逆に言うとランドスケーブが建築の中まで入り込んでくるイメージです。その上の二階に当たるレベルは地上6メートルはどになりますが、そこに大ホールと中ホールのホワイエがあります。大ホールは、ギャラリーが一層あり、二層構成のホールです。オペラができる劇場はバックステージ、サイドステージが大きな面積を占めるし、フライタワーが突出するので、コンサートホールと比べると難しいところがあります。三階は、会議室、オフィス、レストランなどがひとつのフロアに連続しながら納まる平面になっています。そしてその上にルーフガーデンがあります。小ホールは、コンペの時点では屋上に計画しましたが、現在は地下に配置しています。
構造計画はセシル・バルモンドと一緒に進めています。コンペの段階でスチールのプレートをレーザーでカットして、それを放射状に並べ、外側と内側にメッシュを張り、配筋して吹き付けコンクリートを打つという構造計画を提案しました。その方が型枠をつくつて現場打ちのコンクリートにするよりは楽なのです。中間に設備の配管やダクトを通していく計画です。ファサードには「まつもと市民芸術館」でも採用したGRCを二枚組み合わせてガラスを嵌めたものと同じような壁を張る提案をしました。
現在、日本大学の本杉省三教授にアドバイスをお願いしているほか、私の事務所のスタッフと台湾のローカルスタッフでスタディをしています。その作業風景は、とてもアジア的ですね。
ホールの図面上のスタディは分かり難くて、どこを切った平面なのか分からないので、メッシュを連ねた模型をつくつてスタディをしています。現在も、そういう模型をいくつもつくりながらスタディを重ねているところです。コンペの時より、さらに複雑なモデルになっています。昨年、いわゆるコンセプトデザインを終えて、2007年3月現在、基本設計の前半戦を終えたところです。東京オペラシティアートギャラリーで行われた「伊東豊雄 建築|新しいリアル」展ではコンペ時の模型しか展示できなかったのですが、2007年4月13日から5月19日まで「せんだいメディアテーク」に移って展覧会を開催するのですが、設計プロセスの詳細を見ていただくような、東京展とは違う展覧会をやろうと思っています。
「伊東豊雄 建築|新しいリアル」展での対談のためにセシル・バルモンドが来日して、私のオフィスで打ち合わせしました。この時に合意に達したのは、水平な床や壁が必要なところには、曲面に接続させるかたちで水平な床、壁を挿入しようということです。私たちは「プラグ」床と呼んでいますが、模型にまっすぐな白い紙を差し込んで検討しています。この検討をしていて面白いのは、床面積をどう計算するかです。一体どこで床面積を計るのかが大問題です。床面を水面にたとえるとすると、床は曲面でつくられたくぼみの中にできた水たまりのように見えます。床を張るレベルを下げると水たまりが小さくなり、逆にレベルを曲面より高くすると全部水平な床になって、洪水みたいな状態になります。どこまで床面積に入るのか、まだ誰にも分からない。一方で「伊東豊雄 建築|新しいリアル」展で湾曲した床をつくってみて、床は完全にフラットじゃなくても、場所によっては可能なのではないかと実感しまして、曲面の床をある程度残していけるのではないかというスタディをしている最中です。
今は日本が作業の中心ですが、だんだん台湾に移っていく予定です。スタディすることは山のようにあるのですが、市長の任期の2009年までのオープンを目指して日々スタディを続けているところです。