アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
このような建物を設計する時、単に屋根に登れるということだけではなくて、実際に使う時のことも考えることが、もうひとつ重要になります。
ある時、奥さんが、屋根の上に登っていると、周囲から丸見えだから、少しプライバシーがほしいと言われたので、屋根の上に壁を立てました。すると今度は、奥さんのお母さんが実はここから80メートル先のところに住んでいて、毎朝雨戸を開けるのを日課にしているので、その様子を屋根の上から確かめたいという要望が出たので、そちらの方向には視線が抜けるように、その壁を北側に向かって少しずつ低くしていって、角を切ることにしました。他にも、夏は暑いからシャワー、冬は寒いからストーブがほしい、というように、屋根の上で起こるいろいろなことに対して、検討しながら設計を進めていきました。屋根の上のシャワーは、使ってもらえるか心配でしたが、ある台風の日に、うちの奥さん宛にオーナーさんの奥さんから「冷たい台風の中で、熱いシャワーを浴びるのって最高ですよ」と電話がありました。うちの奥さんは注意のために「(危ないので)気をつけてくださいね」と言ったらしいのですが、オーナーさんの奥さんからは、「Tシャツを着ているから、大丈夫です」と、少しズレた返事が返って来ました。まったく何を私たちが心配しているのか分かっていません(笑)。本当に、どれもこれも、よく使ってくれています。
これは今でも言われることですが、「屋根の家」が『新建築住宅特集』に掲載されて表紙になった時、違法建築だとずいぶんいろいろな苦情がきました。「屋根の家」のオーナーさんは建築主事や一級建築士の資格を持っている方で、オーナーさんの、「周辺の家には屋根の上に手すりがないのだから、うちにも必要ないだろう」という理屈で、本当に確認申請が通り、実現したという経緯があります。建物に対してなぜ建築基準法があるかというと、それは、建物のオーナーさんの生活を守るためでもあるのですが、同時に、都市の環境を守るためでもあるのです。
また、今の若い世代の人たちで、屋根の上の図面に人をたくさん描き、仕掛けをつくり、確認申請を出す方もいるようですが、今は審査が厳しいので、手すりを付けなさいとすぐ跳ね返されてしまうようです。そこで、「屋根の家」というさまざまな賞をいただいている作品で申請が通っているから大丈夫だと説明しても、たいていの申請機関の人は、もちろん「屋根の家」のことを知っているので、なおさらダメだと言われてしまう。ざまあみろって思いますよね(笑)。もう誰にも真似できないんです。ある時、藤森照信さんにも「お前のせいで、屋根の上にデッキを張って人を乗せることができなくなった」なんて苦情を言われました。
以前は人がほとんど通らなかった家の前の道も、この「屋根の家」ができてオーナー家族が毎朝屋根の上で朝ご飯を食べているので、自然と周りに住んでいる方と話す習慣ができ、ついついこの道を通るようになって、気付けばここは、毎朝人通りがすごく多い道になりました。挙げ句の果てに、オーナーさんはこの地区の町内会長になってしまうという、選挙にも役立つ家と言えるかもしれません(笑)。
また、「屋根の家」は、他の建築と同様に、雨を防ぐため先に屋根を建設し、それから建物の下をつくったのですが、下の建物の工事をしている時から、オーナーさんたちは屋根を使い始めていました。工事中のある日、屋根の上で食事をしようと、ピザの宅配を呼びました。宅配に来た人は、まさか屋根の上から声をかけられるとは思ってないですから、びっくりしてしまいます。はしごを出してあげると、「この家はどこで靴を脱いだらいいんですか」と聞かれ、そういうやりとりからオーナー家族との会話が始まりました。それ以来、宅配の人も、この屋根の上が好きになってくださったようです。
『新建築住宅特集』掲載時の写真には、屋根の上に人が乗っていたので「屋根の上なんて夏は暑くて冬は寒いのだから、使うわけがないだろう。この建築家は嘘ばかりついている。これはフィクションだ」といじめる人がいました。すると、オーナーさんがそれに対して、本当に屋根の上を使っているのだと反論しました。屋根の上は、夏は暑く冬は寒いのは当然だから、夏は日がのぼる前に、冬は昼ぐらいに屋根に出るのがちょうどよいのだと。これは大事な話で、これまで人間は、環境を自分のところへ近付けようと腐心してきました。でも、昔は自分の好きなところや、気持ちよいところを選んで移ろいながら過ごしていたはずです。確かに屋根の上というのは、夏は暑くて冬は寒いですが、自分が過ごす場所と時間を選べば、とても心地よい場所に変わるのです。
「屋根の家」の屋根の構造は、屋根の上で生活できるほどの荷重に耐え、かつ、天窓から屋根に出た時に別世界へ行ったような気分が味わえるよう、なるべく薄くするため、910ミリのグリッド状で構成された木造梁の上下を、構造用合板でサンドイッチする仕組みとしています。とてもシンプルな構造のため、すごく安上がりにできており、構造設計を担当してくれた池田昌弘さんは、その当時構造設計協力をされていた「せんだいメディアテーク(2001年)」の鋼板サンドイッチ構造のスラブと、この「屋根の家」の屋根が同じ構造形態なので、廉価版の「せんだいメディアテーク」のだと言っていました。
屋根の上にほとんど予算を使ってしまったので、内部は合板の床に円座が置かれているだけの非常にシンプルな設えとなっています。家具を買えなくて、オーナーさんたちは、この円座をソファと呼んでいます(笑)。また、プライバシーはあまり気になさらない方なので、カーテンや障子もない、非常にオープンな生活をなさっています。もちろん、建具を閉じればプライバシーが生まれます。それでも、シャワーを浴びた後、いったん窓の前を通らなければいけないのですが、オーナーさんは「うちの家族は走るのが速いので大丈夫なんです」とあまり気にしていらっしゃいませんでした。