アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

マークアップリンク
トップ
私の建築手法
手塚 貴晴 - 人は建築の向こうに何を見るのか?
ネットの森
2022
2021
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986

2014 東西アスファルト事業協同組合講演会

人は建築の向こうに何を見るのか?

手塚 貴晴TEZUKA TAKAHARU


«前のページへ最初のページへ次のページへ»
ネットの森

箱根彫刻の森で行った、「ネットの森(2009年)」という建物について紹介します。ネットを手で編んでアートをつくる、MacAdam堀内紀子さんという日系カナダ在住のアーティストの作品が、箱根彫刻の森美術館の建物内に展示されていました。その巨大でカラフルなネットアートは、今から40年以上も前に製作された作品で、子どもが中に入って遊ぶことができるのですが、かなり汚ない状態になっていました。今のフジテレビの会長である日枝久さんのお声がけにより、美術館の創立40周年を記念して、作品が展示されていたプレハブ建物の建て替えも含めて、再整備をしようということになりました。設置当時の館長だった鹿内信隆さんには、先見の明があったようで、このアーティストはこの改修後、すごく有名になりました。

「ネットの森」遠景。箱根彫刻の森の自然林の中に埋もれるようにして建っている。
「ネットの森」遠景。箱根彫刻の森の自然林の中に埋もれるようにして建っている。
「ネットの森」千分の一サイズのコンセプトモデル。
「ネットの森」千分の一サイズのコンセプトモデル。

私は子どもの頃、建築家の父親に連れられて、箱根彫刻の森を頻繁に訪れていました。この再整備プロジェクトを進めていた頃、当時のアートが設置されている建物のひどい状況について父親に話したことがあります。父親は「それは早く壊した方がよいね。お前が早く新しいものにつくり直せよ」などと言っていましたが、後々書類を整理していた時、実はこの建物の確認申請の判子が父親のものだったということが判明し、驚いた記憶があります(笑)。

この敷地は、美しい箱根の自然林の中にあり、本当は、建物をつくってはいけない決まりになっています。どうしても建物をつくる場合には、環境省の特別許可が必要になります。そこで、まず最初に親指と人差し指の先を合わせた時にできるような、涙形のかたちをした小さな模型をつくりました。細い木の線材を、キャンプファイヤーの木組みのように積み重ねています。私はその模型を見せながら、これは一〇〇%木組みだけでつくる、環境に配慮した建築であること説明し、当時箱根彫刻の森美術館の館長を務めていた上野一彦さんに了承を得た後、環境省でも建設の許可を得ることができました。しかし、その小さな模型が実は千分の一の縮尺のもので、実際の建物はイスタンブールのブルーモスクより大きいという事実は、できあがるまでお伝えすることができませんでした(笑)。

「ネットの森」内観。ネットアートは建物の中央に吊り下げられており、その張力も建物の木造組積ドーム構造の一部になっている。
「ネットの森」内観。ネットアートは建物の中央に吊り下げられており、その張力も建物の木造組積ドーム構造の一部になっている。

金物を使わず、そのキャンプファイヤーのように木材を積み重ねた巨大な形態を建てるために、構造設計者の今川憲英さんに相談し、出雲大社や清水寺などの日本の伝統建築を参考にするとよいと教えていただきました。実寸大で接合部分のスタディを行い、また、繰り返し百分の一のスケールで木の棒を一本一本積み重ねて組み方を何度も検討し、形を決定していきました。私は、実は構造についても検討することが好きで、この「ネットの森」の木造組積ドーム構造に関しては、今川さんと一緒にMIT(マサチューセッツ工科大学)で教えている方が、バックミンスター・フラー(1895〜1983年)以来の新しいアルゴリズムだかフラクタルだとか言って褒めてくれたのを覚えています。そんな大袈裟なものでないにしろ、曲げとせん断のバランスで建っている、数学的な構造でできています。木材が積み重なっているだけでロングスパンを飛ばしているので、もちろん金物も必要ありません。外部に露出する組み物のひとつひとつに、水勾配などの水が溜まらない工夫がされており、楔の部分は、30年ごとに緩んだ部分を打ち込み直し、必要であれば交換するなどのメンテナンスを行うことで、長く使うことができます。

下から順に、いびつなトラスを上へと積み重ねていくようにして、組み立ててでき上がるそのかたちは、一見シンプルですが、それらを構成している約500本の材料は、それぞれ断面やスパンがすべて異なっています。木材の断面の大きさの決定には、最新の技術が用いられています。これは、どの場所にも均等に力がかかるようにする断面を研究して、演算によって求めていくというプロセスで、ここでも今川さんに協力していただきました。最先端の技術を使って、巨大なCNC[注1]工作機で部材を削り出し、最後は、伝統の技とも言える大工さんの楔を打ち込む手加減の細かな積み重ねで、全体がつくられています。

「ネットの森」内観。ネットアートは建物の中央に吊り下げられており、その張力も建物の木造組積ドーム構造の一部になっている。
「ネットの森」内観。ネットアートは建物の中央に吊り下げられており、その張力も建物の木造組積ドーム構造の一部になっている。

この建物の面白いところは、森の真似をしていないのに、とても森に近い環境が内部に生まれていることです。この建物が建っている箱根山という環境は、活火山であるため、有毒ガスと火山灰を防がなければいけません。そしてもちろん雨や雪も降ります。中のネットの作品を守らなければいけないので、この建物には屋根が必要になります。一方で、周りの国立公園という豊かな外部環境も享受できるように、という非常に難しい要求状況でした。それに対して、私たちは100%木材でできあがった木組みの内部とアートとの間に、白いテントを張ることで、作品を保護し、かつ限りなく外に近い環境をつくりました。

子どもたちは、建物の中に入ると自ら動き始めます。中央に建物から垂れ下がった鮮やかなネットの中や周りで、子どもたちは跳ね回り、その周りには子どもを連れてきた親たちが輪をつくります。木の構造の重なり部分に、止まり木のようにそれぞれが好きなように好きな場所を選んで留まることができ、人が建物のかたちに沿ってたたずむような非常によい環境が生まれています。


[注1] Computerized NumericalControl の略。生産工程における加工工程をコンピュータを利用して数値制御する方法。

«前のページへ最初のページへ次のページへ»