アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

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古谷誠章 - ミライのタネ
モダニズムだけでは通用しない
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2004 東西アスファルト事業協同組合講演会

ミライのタネ

古谷誠章NOBUAKI FURUYA


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モダニズムだけでは通用しない

私は、モダニズムというものに全身どつぶり浸かり、その中で建築を始めました。モダニズム、つまり旧来の伝統や様式を越えた、世界を普遍化できるような理念に基づいた建築教育を受けてきたわけです。しかし、世紀も変わって最近つとに感じるのは、モダニズムに代わる新しい現代の考え方が必要だということです。モダニズムはもちろんたいへん偉大なものですが、それだけでは通用しなくなっているのです。

端的にいうと、モダニズムの概念において、都市や建築はあらかじめ設計図が描かれていて、それがその通りに何年後かに完成されるというスタイルを基にしています。しかし、都市計画的ですと、マスタープランをつくってから実際にそれがつくられるまでに何十年もかかったりします。挙げ句のはてに、実現した頃には世の中の情勢や使い道が変わったり、世間の人びとの考えが変わっていたりすることがあります。そうすると、最初に予定したものと、現実にでき上がった状態はなかなかフィットしないのです。マスタープランがあって、それに向かって年々計画通りにつくっていくという考え方そのものに、見直しが迫られているように思います。

というのは、マスタープランがあって10年かかってそれができたときの姿を正しいと考えると、それまでの10年間は仮の姿ということになります。将来できあがったときには便利になるけれど、仮の姿である工事中は騒音や渋滞を我慢している状態となります。ところがよくよく考えてみると、私たちは我慢している時間の方が長いのではないでしょうか。ちょうど今、早稲田大学の前の明治通りは地下鉄の工事中で、不便で騒々しく、かつ美しくありません。地下鉄ができればさぞや便利になるだろうと我慢している状態です。でも、この我慢している時間のほうが長いという現実をどう考えたらよいのでしょうか。都市は計画を立ててそれを実現するために我慢するものではなくて、常に工事中で何かが動いている状態をむしろ現実ととらえ直し、その状態での快適でいい生活環境をつくらなくてはいけないと思います。

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