アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
「台中メトロポリタン・オペラハウス(2007〜)」は、もう5年ほど継続しているプロジェクトですが、竣工までまだあと2年ほどかかりそうです。
敷地は台湾の台中市の新しく開発されつつあるエリアにあり、2,000席、800席、200席の3個のオペラ劇場の複合施設です。単純に言いますと、これは垂直方向、水平方向につながった二組のチューブでできています。この二組のチューブが互い違いになりながら連続しており、各層がチューブの連続体となります。人間の身体をイメージして、内と外がつながった建築をつくりました。
人間の口から食べたものは食道を通って胃の中に入りますが、たとえば、生きた動物を食べたら、まだ胃の中では動いているかもしれませんよね。そう考えてみると、人間にとって、胃の中は体の外とも言えるし内とも言えるわけです。『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』(2009、木楽舎)など、生命論について書かれている生物学者の福岡伸一さんは、人間にとって胃の中はまだ外で、そこから栄養が体内に吸収されて初めて体内と言える、ということを言われています。私もその考えをすごく面白いと思っていて、内なのか外なのか分からないような建築をつくってみたいと考えました。建築空間は内だろう、と疑わない人が多いと思うのですが、少し外に近付いたような空間をつくると、人間にとってすごくリラックスできる空間になると思うのです。
エントランスホールも、実際はガラスで仕切らずに外部空間にするわけにはいきませんが、周辺の水や緑が建築の内部にまで入ってきて、公園の中を通り抜けていくようなイメージでつくろうとしています。建築の内部は白い洞窟のような空間で、床は水平な部分とうねっている部分があり、ホワイエになったり、レストランになったりします。一階は床が水平ですが、大きな階段でチューブの中を通って二階のホワイエに行き、メインの劇場に入っていくという動線を想定しています。ここには台湾やパリ、ベルギーなどを中心に活動されているアーティストのマイケル・リンさんに植物の壁画を描いてもらう予定です。2,000席の大劇場は、家具デザイナーの藤江和子さんにお願いしており、椅子のデザインもほぼ決まりつつあります。
周辺は高級マンションが建ち並んでいて、マンションの広告には必ずこのオペラハウスのパースなどが使われています。台中市長からも、この周辺のマンションを買えばそのうち倍の額になると言われるくらいのマンションブームです。マンションの上から見下ろされるので、オペラハウスの屋上は誰でも来られるような緑の庭園にしたいと考えています。地下に置かれている200席の小劇場は、舞台を開くと外につながり野外劇場になります。このように、遮断するものはあるのですが、内と外が連続体になっているような建築をつくりたいと思っています。
各階で六角形や五角形を市松状に配置し、それを互いにずらしながら平行に積層させ、つないでいくと、水平方向にも垂直方向にも連続した洞窟のような空間ができてきます。そのかたちは人間の骨のようにも見えます。構造的な解析もシミュレーション技術の発達によってできますし、図面も描けますが、このプロジェクトを実現させる上で一番の問題はこの三次元曲面の構造体をどうつくるかということです。
構造体はトラスウォール工法でできています。まず曲げた鉄筋を溶接して二次元の曲線を描くトラスをつくります。次にその鉄筋トラスを20センチ刻みで並べていき、トラスウォールのユニットをつくります。それをまた鉄筋でつなぎ、両サイドに三重の網でできた型枠を取り付けて、コンクリートを打設します。
構造体を現場打ちコンクリートでつくるという施工が非常に大変な建築なので、現場はなかなか思うように建ち上がっていきません。地下もかなり大きな面積で練習室やスタジオがあるため、地下工事だけでも一年半ほどかかりました。2012年三月現在、地下工事がようやく終わり、地上の鉄筋が組み上がりつつあります。現在、現場の下でトラスウォールのユニットをある程度組み、それを組み上げながらこれからユニット同士をつなげていくところです。それぞれの部分ですべてかたちが違うので大変な作業ですが、ようやく少しチューブが見え始めました。現場に行くと水が流れていくような、流動的な空間を想像できるようになりつつあります。2012年の末くらいにはかなり構造体が建ち上がって、不思議な空間ができてくると思います。非常に複雑な空間ではありますが、トラスウォール工法でつくる部分の構造体はすべて同じことの繰り返しなので、こうした施工もいずれロボットでできるようになるのかもしれませんね。
2006年に東京オペラシティアートギャラリーで行われた「伊東豊雄 建築|新しいリアル」展では、うねるような床をつくりました。床がうねっているだけで子どもは走り回り、大人も寝転がり座り込みます。そのように、少し外に近付けるだけで人間は解放されるのです。なので、建築の内に入ってもまだ外のように感じられる建築をつくってみたいのです。実際にはオペラハウスとして成り立たせるためには、内部にしなければなりませんが、外のような内部をつくりたいということから始まって、このような建築になりました。