アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
「小布施町立図書館『まちとしょテラソ』」南側外観。
さて、公共の建築物ではどう考えるのか、それが次の話題です。長野県小布施町でつくった「小布施町立図書館『まちとしょテラソ』(2009年)」をです。北信濃の風景の中に、麦わら帽子を被ったような三角形の図書館が建っています。敷地南側の寺の木々のラインに長辺で正対する外形を考えました。三角形の部分は閲覧室とし、北側に矩形の方が納まりのよい収蔵庫や閉架書庫をまとめて置きました。また、敷地西側に大きな桜の木が三本あったので、敬意を表して、建物を一部くり抜きました。周囲に植える木と共に、建築の代わりに四季によって建築の外皮の代わりに脱ぎ着してくれるような図書館を構想したのです。閲覧室の中にまた三角形を描くように書架が配置され、三辺に沿って緩やかに区分されたスペースが生まれます。また、耐震壁を外周部にまとめ、内部には屋根を支える三本の樹木状の柱を設けることで、仕切りのないワンルーム空間ができ上がりました。
「小布施町立図書館『まちとしょテラソ』」配置
古谷氏による「小布施町立図書館『まちとしょテラソ』」外壁スケッチ。(作:古谷氏)
「小布施町立図書館『まちとしょテラソ』」の北斗七星をモチーフとした外壁。
屋根については、私は初めから麦わら帽子状の屋根を考えていました。しかし小布施は古い街並みに倣って修景した地域で、「家の中は自分のものだけど家の外はみんなのもの」と考えようとする街です。条例によって、その町並みの中に異質なものが入り込まないよう努力されていて、とても素晴らしい考え方だと思います。そんな街にこの屋根はあり得るのだろうかとも思いましたが、子どもから大人までが一堂に会し、ひとつ大きな屋根の下にいるような感じを出したいと考えた時に、形はこれしかないと思っていました。内部は天井高さが2.1〜7.57メートルで、スギの曲線材と直線材を組み合わせた滑らかな曲面で仕上げられています。ちょうど天井が仕上がった頃、市村町長を現場にお招きしたら、天井を眺めたまま黙ってしまいました。どうしたのかと思っていたら、目元を少しうるませて、「古谷さんはこれをつくりたかったんですね。これをつくってくれたんだったらいいや」とおっしゃって、内心ずっとこの屋根形状について心配されていただろう町長さんは、この時にやっと納得してくださったのでした。
「小布施町立図書館『まちとしょテラソ』」外観。屋根形状と北信濃の山並みの形状がリンクする。
「小布施町立図書館『まちとしょテラソ』」南東側コーナーを見る。
竣工後に気付いたのですが、私が自分で描いたと思っていた麦わら帽子の屋根の形は、建物の背後に広がる北信濃の山並みの形状とそっくりだったのです。きっとこの風景が頭の中に刷り込まれていたのだと思います。切妻屋根ではありませんが、おかげで周辺の風景と自然に繫がり合った屋根になったと思います。
「小布施町立図書館『まちとしょテラソ』」北東側の閲覧室からメインエントランス方向を見る。
もうひとつ、この建築で物議を醸していたのが、間仕切りのない大きなワンルームの閲覧室でした。子どもがうるさくて他の人に迷惑がかかるのではないか、また逆に、子どもに読み聞かせをしようとしても、気が散って集中できないのではないか、やはり子どもと大人のスペースを間仕切ってほしい、と随分言われました。しかし私としては、ワンルームでないと絶対に生き生きとした交流が起こらないと考えていました。結局は平面の北側部分に、必要に応じて仕切ることができ、読み聞かせやレクチャーなど多目的に使える場所を設けることで、大人と子どもを仕切ることなく、このワンルーム空間が実現しました。確かに子どもがいっぱいいると、騒々しいと言えば騒々しいです。しかし、子どもたちもいつまでも騒いでいるのかというとそんなことはなく、館内には大人も小さな子どももお年寄りも、いろいろな人がいることが分かってくると、自然に静かになるのです。この空間にみんながいることが分かって初めて、自分も居心地がよくなるための環境をつくり出していくのですね。また、小学生が授業でいない時間も当然あって、さらに小さい子どもたちがゆっくりと遊べる時間もあるし、お年寄りたちが子どもたちに気兼ねなくおしゃべりしながら本を読める時間もあります。つまり、この空間を仕切らずに、上手にタイムシェアリングして使われているのです。
「小布施町立図書館『まちとしょテラソ』」1 階平面
「小布施町立図書館『まちとしょテラソ』」の初代館長は花井裕一郎さんで、もともと映像の専門家で、小布施の街が気に入って住み着き、館長公募に手を挙げてくださった方です。彼は『はなぼん~ワクワク演出マネジメント(文屋、2013年)』という本を書かれていて、今では日本中の図書館から招かれて一年中講演をされています。図書館の館長を務めたのは初めてですが、凄腕の演出家でもあり、引っ越しの際にもともと町役場三階にあった蔵書を彼のアイデアで、小中学生たちのバケツリレーですべて運んでしまいました。あっという間に移動が完了し、さらに手伝ってくれた子どもたちは自分たちが携わったという感覚で盛り上がり、開館を心待ちにしてくれるというわけです。花井さんがこの図書館を本当に賑やかに使い倒すための、さまざまな素晴らしい演出をしてくださいました。
「小布施町立図書館『まちとしょテラソ』」北西側の絵本・紙芝居のコーナー。
外構には照明を設けておらず、ここは夜には真っ暗になってしまうような場所柄なのですが、そこに館内の灯りが自然と漏れ出して、軒裏にもその灯りが反射しあたりがぼんやりと明るくなる計画としています。「周りを照らす行灯のような存在となる」ということは、プロポーザルの際に私が言ったことなのですが、住民の方から図書館の名称を「テラソ(照らそ)」としようという声が上がりました。この建物は周辺からからいろいろなものをもらっています。南に見える緑の景色もそうです。ですから、逆に建築の方から周辺へも何かプレゼントできるとよいと考えたのです。
「小布施町立図書館『まちとしょテラソ』」利用する子どもたち。
「小布施町立図書館『まちとしょテラソ』」利用する高齢者の方がた。