アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

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古谷 誠章 - LIVING WITH SURROUNDINGS
雲南さくら祭り・雲南商店街 プロジェクト
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2017 東西アスファルト事業協同組合講演会

LIVING WITH SURROUNDINGS

古谷 誠章NOBUAKI FURUYA


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雲南さくら祭り・雲南商店街 プロジェクト

このように、被災した場所での活動もとても大切ですが、実は、被災していなくても地域を盛り上げていかなければいけないような場所が日本中にあります。

三点:「雲南さくら祭り・雲南商店街プロジェクト」ロングテーブル製作風景。1

三点:「雲南さくら祭り・雲南商店街プロジェクト」ロングテーブル製作風景。

古谷研究室では、2007年から島根県雲南市での地域再生活動に参加しています。雲南市は桜の名所として有名で、桜の時期には多くのお客さんが訪れますが、商店街の方までは誰も来ない状況でした。なぜかというと、どのお店も車庫になってしまっていて、既にほとんどのお店が開いていないため、訪れる意味がないからなのです。そこで、さくら祭りの時だけでも商店街に人が来てくれるような仕組みとして、商店街での新たな祭りを提案しました。空き店舗を借りて、2日間限定で、拡がった市内の各地で取り組まれている市民活動の発表や、地域の農産加工品や乳製品を展示即売するためのテンポラリーな店舗をつくる計画です。雲南市は6つの町村が合併してできた市なのですが、このお祭りがきっかけになって、それぞれの街のことをお互いに知り合うことに繋がります。しかし、私はそれだけではどうも足りないと感じ、「道を通行止めにしてロングテーブルを出すのはどうでしょうか」と提案しました。さんざん抵抗にあいましたが、祭り当日にはなんとか実現しました。このテーブルがあることで、買い物客がお店で購入したものを広げて食べてくれて、そこで会話や出会いが生まれます。しかし、このテーブルがないと、みんな買ったものはビニール袋に入れてそのまま家に持って帰ってしまうので、そこでは何の会話も何の出会いも生まれません。このように、人が出会うためには何らかの仕掛けが必要なのです。お店を開いただけではない、プラスアルファの出会う場所が肝心です。祭りを開催した最初の年は7軒のお店が実現しましたが、それが好評で二年目も行うことになり、14軒に増えました。次の三年目は約30軒、四年目には50軒以上と、どんどん増えていき、今ではすっかり祭りになくてはならないものになっています。

「雲南市 民家レストランプロジェクト」内観。

「雲南市 民家レストランプロジェクト」内観。

「雲南市 民家レストランプロジェクト」外部からダイニングルームを見る。

「雲南市 民家レストランプロジェクト」外部からダイニングルームを見る。

そうやって街の人たちに浸透していくと、今度は私たちの役割も少し変化します。2年目以降はもう少し年齢の若い子たちに加わってもらえるようにならないかと考え、島根県立三刀屋高等学校美術部の三名の女の子の手を借りました。私はこの祭りに対して、若い子たちがいろいろなアイデアを出してくれるととてもよいなと思っています。つまり、若い世代の方たちが主体的に祭りの担い手になっていくことが肝心なのです。最近では、大学生たちが製作した小さい屋台で、小さい子たちが蒸しパンを売って歩いているのですが、これが可愛くて飛ぶように売れるのです。売れると子どもたちも嬉しいので、毎年やるようになり、これもなくてはならないものになりました。昔は、こういう地域では農業用水の清掃など村中で共同作業をする行事があったのですが、今ではなくなってしまいましたから、こういった子どもから老人までが一緒になって取り組むことのできる貴重な交流の場があることはよいなと思います。また、2016年には、中国の雲南省と名前が同じなので何か一緒にできるんじゃないかと考えていたところ、雲南省の方がたがこのお祭りに参加してくださいました。これもまた、出会いの場所となったわけですね。

「雲南市 入間小学校転用計画」既存の倉庫を厨房と舞台に改修している。

「雲南市 入間小学校転用計画」既存の倉庫を厨房と舞台に改修している。

「雲南市 入間小学校転用計画」新設された縁側。

「雲南市 入間小学校転用計画」新設された縁側。

また、少し上流の湯村地区では旅館が1軒だけになっていたので、近くの築100年以上の民家を使って、宿泊設備を備えたレストランであるオーベルジュに改装しました。学生たちが手漉き和紙をつくり、それをポリカーボネートに挟み込み、照明を入れて光る耐震壁ができました。さらに、築80年以上の廃校になってしまった入間地区の木造の小学校を、地域の交流センターにする計画にも携わりました。地域の方がたは、寄り合いなどに車でやってくるのですが、お酒を飲んでも気軽に泊って帰れる場所にというのが最初の考えです。かつての学校をみんなが気軽に立ち寄れる場所とするため、学生たちが縁側のある学校というものを提案しました。既存の学校の雰囲気を残しながらも、新しく交流センターとして使える空間を構想しています。倉庫の壁を取り払ってみたら立派な舞台ができ上がりました。その一角にはガラス張りの厨房をつくり、ここで郷土料理の教室をしたり、祭りの際の準備にも使うことができます。かつての日本には、どこでも神社の境内などに舞台があって、住民が集まって神楽を見たりカラオケをしたりということがあったのですが、今ではそういった場所が急速に失われています。それを再構築しなければならないと感じています。

同様に、中国の重慶と成都の間にある街に、街のリビングルームのような素晴らしい場所があったのですが、こういう場所もだんだんなくなっているようです。これをもう一度つくり直そうと、学生たちと研究課題として取り組んでいます。

中国の街のリビングルームとなっている空間。

中国の街のリビングルームとなっている空間。

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