アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
私にとって次に大事な建物は、「馬頭町広重美術館(2000年)」という、歌川広重(1797〜1858年)の作品が展示されている美術館です。ヨーロッパで絵画に建築を描く時は、強いジオメトリーを用いて、強い線で描きます。建築は強く大きく存在感があって、周辺の自然は脇役なのですね。
一方で、広重に代表される日本の絵画では、建築物と自然は重なり合って、溶け合っているように描かれます。その日本の絵画表現を学んだのが、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890年)だと言われています。ゴッホは印象派を代表する画家ですが、印象派は、人工物ではなく、自然こそが主役だということを初めて言い始めた人たちです。印象派のジョルジュ・スーラ(1859〜1891年)やゴッホの描き方は、点描画法といって小ささを基本とした描画方法です。小さい点をたくさん描くことで表現するのが彼らの作品の特徴です。また、同じように、広重から大きな影響を受けたのが、フランク・ロイド・ライト(1867〜1959年)です。ライト自身、「広重と『茶の本』[注1]を書いた岡倉天心がいなければ、自分の建築はできなかった」とまで言っています。
この「馬頭町広重美術館」も、小さくて自然に溶けた、柔らかい建築をテーマとして設計を進めていきました。建物の存在感をできるだけ小さくするために、建物の高きをできるだけ低く抑え、平屋としています。また、材料はほとんど地元のもので、それを小さく加工し、建築の要素として使うことに挑戦しています。たとえば、敷地の裏山にあるスギの木を、30×60ミリ角の屋根ルーバーとして加工し、長く大きな面積を持つ屋根を、できるだけ小さな粒子で構成しようとしています。家具にも細い格子を使って、向こう側が透けて見え、広重の描く雨のように建築が粒子に分解されて、周辺と溶けていくようにつくっています。
[注1] 『THE BOOK OF TEA(茶の本)』(1906年、フォックス・ダフィールド社)は、岡倉天心の生前の英文著作のうち、最後のもの。